アンケート





  第76回 遠野りりこさん
  『マンゴスチンの恋人』では女性が読んだとき
   「こんな恋愛がしたい」と思えるように狙って書いています。








第12回小学館文庫小説賞を受賞し『マンゴスチンの恋人』を刊行したばかりの遠野りりこさん。デビュー作から遠野さんを愛読している丸善・特販グループ小板橋頼男さんが待望の最新作の創作秘話を訊いた。



高校生の爽やかさを残しつつ、セクシャルマイノリティを描く


小板橋……遠野さんのデビュー作『朝に咲くまでそこにいて』と第2作『工場のガールズファイト』を読んでからずっと、遠野さんの新作を待ち望んでいました。読者は作家さんと会う機会がないですから、作品が出るのを待つしかなくて、「どの文芸誌に遠野さんの小説は載るんだろう」と楽しみにしていましたが、なかなか発表されない。
 ところが復刊された佐藤泰志さんの文庫を読んでいたら、巻末に第12回小学館文庫小説賞の選評が掲載されていて、そこで偶然遠野さんが受賞されたことを知ったんです。「あっ、遠野さん、ここにいたんだ。書き続けてくださってよかったな」と思いました。ずっと待っていた、というのが正直な気持ちですね。

遠野……待っていてくださって、ありがとうございます。本を2冊出させてもらったあと白紙状態の時期があって、本になる当てもないまま小説を書いていました。とにかくまた本を出したくて、選考の途中で編集の方が目を留めて声をかけてもらえないかと「遠野りりこ」というペンネームで、『マンゴスチンの恋人』を応募しました。営業をかけたつもりで送った作品がまさか受賞するとは考えていなかったので、自分でもびっくりしましたね。

小板橋……遠野さんはダ・ヴィンチ文学賞読者賞を受賞され、今回は小学館文庫小説賞も受賞されました。何百人といる応募者のなかで、プロの編集者から最終選考に選ばれる。ふたつの賞を受賞されるというのはやっぱり選ばれるべき人だったわけで、これを実力というんですね。

きらら……その受賞作『マンゴスチンの恋人』は、ある高校を舞台に、セクシャルマイノリティを題材にした連作短編の形をとられていますが、いろいろなセクシャルマイノリティに触れていても、ごく普通の高校生の恋愛模様のように感じられる作品ですね。

遠野……ええ。高校生の爽やかさを残しつつ、セクシャルマイノリティを描きたかったんです。セクシャルマイノリティの人たちが出てきても、官能小説のようにはしたくなかったので、なるべく濡れ場や性描写は入れないようにしています。性的な関係性よりも、精神的な繋がり方のほうを意識しました。

小板橋……もし10年前にこの作品に出合っていたら、高校生の言葉遣いなどに拒否反応が出てしまったかもしれませんが、もう40歳をすぎると俯瞰して読める。自分の高校時代を思い出したりして、非常に気持ちが騒ぎました
 教室のガラスが割られるとか大きな事件が起きるわけでもなくて、些細な出来事を丁寧に描き、人が人を好きになるというとてもシンプルな気持ちをもとに物語が成り立っているところがよかったです。





ジェンダーの悩みが実森との関係の 悩みに繋がるように


きらら……第1章「マンゴスチンの恋人」は、同級生の山本に何度告白されても気持ちが動かない季里子が主人公です。彼女は自然な流れで年上の人妻・笙子に惹かれますが、確かに同性からみても笙子はとても魅力的な人ですね。

遠野……恋愛にあまり積極的ではない女の子が、クラスメイトの男の子と年上の女性との間で心が揺らぐ話を書こうというのがスタートでしたが、書いていくうちにどうしても脇にいる人たちのことを書きたくなってきたんです。そこで季里子が好きになった笙子でなにか仕掛けたいなと思ったところ、ああいう印象的な人物像になりました。

きらら……第4章まで読むとその仕掛けが効いてきますよね。

遠野……第4章の「ヒガンバナの記憶」を第1章の回収的な話にしたので、第1章では明かせない部分が多く出てきてしまって、第1章は試行錯誤しました。

きらら……第2章「テンナンショウの告白」は、芸能人のようにかわいい実森とISである雪村、この二人の距離の詰め方がいいです。印象的なある出来事も起こりますが、こういったエピソードは最初から決めて書かれているのでしょうか?

遠野……最初にすかすかの状態のものをざっと書いたあとに後付けでエピソードを差し込んでいきます。雪村は男としてのコンプレックスのある子だったので、実森との釣り合わなさをまず出したかった。お互いに通じ合うものがあり、一緒にいるのが心地よくて楽しいんだけど、近づけば近づくほど雪村の抱えている悩みも深くなっていく。ジェンダーの悩みが実森との関係の悩みに繋がるようなエピソードを考えていきました。

小板橋……実森と雪村は高校を卒業しても会うのではないかなと思える、いい関係の二人ですよね。どの登場人物たちにも愛情を持って書かれているのが伝わってきますが、とくに気に入っている人はいますか?

遠野……第3章「ブラックサレナの守人」の魚住は書いていて楽しかったですね。彼のようなクールで言いたいことをはっきりと言うタイプの男の子を書くのが好きなんです。

きらら……実森もすかっとした口調で、いやなことはいやだと言うものの、引くときは引ける気持ちのいい女の子ですよね。

小板橋……きっと魚住と実森は読者も好きになりますよ。

遠野……執事系が好きな女性には絶対に魚住は気に入っていただけると思います(笑)。





結ばれない恋愛があると全体として緩急がつく


きらら……第3章は実森とはまた違ったタイプの女の子・葵の視点で描かれています。

遠野……第1章を書き終えたときに、季里子が同性として憧れるような女の子を描けないかと思いました。そこで外見がお人形のようにかわいい実森と、気さくに男子と話せる葵を主人公にしたのですが、実森と葵を差別化して書くのが難しかったですね。

小板橋……葵が実森の引き立て役になっちゃったらいけないしね。

遠野……そうなんですよ。初め実森は自分の外見の良さを鼻にかけて人を見下しているスタンスの女の子だったんですが、それで書き続けて第3章の葵を書いたら、葵のキャラが立たなくなってしまった。そこで実森にあったアクの強い部分を葵に注ぎ込んだら、逆に実森がいい子になっちゃいました(笑)。

きらら……葵は援助交際のトラブルから魚住とある取引をするのですが、この短編はちょっとほろ苦いラストを迎えますね。

遠野……第1章が一番スタンダードなハッピーエンドで、第2章もいい感じで纏まっちゃって、「しまった!」と思ったんです。全部ハッピーエンドはつまらないですし、結ばれない恋愛があると全体として緩急がつく。それに葵をあまり好かれない子にしたほうが、アンハッピーなラストに納得感が出るように思いました。手に入らないものが存在するということを知ることで、葵が改心していくような話にしたかったんです。

きらら……葵が実森に対して持つ歪んだ気持ちには、はっとさせられるものがありました。

遠野……女性って近くにいる憧れの存在に対して、たんに憧れるだけじゃなくて、どこかに嫉む気持ちが入り混じる。とくに、10代のころは容姿がいいだけでずるいと思う意識が働くもので、自分ではコントロールしきれないところで劣等感が湧いてしまうものなんですよね。

小板橋……女性作家の方が描く女性像のほうが厳しいし残酷です。男性作家の方はつい自分が理想とする女性を描いてしまうんですよ。女性は、褒めるところはもちろん褒めますが、きれいではないことまでも書く。そのふり幅がいいんですよね。

遠野……自分の持っている、外には出したくない部分まで書くと、葵のような人物が出てきます。女性の醜い部分を書いてある小説を読むと、「痛い、痛い」と思ってしまうのについ共感して読んでしまうんですよ。





AKBを聴いて高校生のテンションにまで気持ちを持っていった


小板橋……僕は第4章「ヒガンバナの記憶」の梢が一番好きですね。レズビアンの生物教師である彼女が、「同性愛者を批難するのは、左利きの人を異常というのと同じ」というくだりがいい。当たり前のことを当たり前に言えるこんな先生に教わりたいなと思いましたし、ひとりの人間として梢と話をしたいと思いました。

遠野……梢の人物像は、資料として読んでいたレズビアンであることを生徒にカミングアウトした先生の本に影響を受けているかもしれません。

きらら……笙子は梢と長年付き合っていながらも、男性と浮気を繰り返し、最後は結婚を選びます。同性愛者に限らず、笙子のようになにかに依存しなくては生きていけない女性はいますよね。

遠野……そうですね。笙子は恋愛に対しては躊躇なく先に進めるのに、生活面では自立することが難しいタイプの女性なんです。

小板橋……第4章だけがもう大人である梢の視点で描かれているため、文体が硬質でほかの短編と違った印象を受けました。この章があるおかげで全体が締まりましたね。

遠野……この作品は読者に寄り添ったものにしようと決めていましたが、編集の方にこんなものも書けるというのを見せたかったんです。
 梢くらい年齢が上のほうが私自身も書きやすかったですね。高校生はもう遠い存在なので、AKBを聴いて高校生のテンションにまで気持ちを持っていったんですよ(笑)。

小板橋……遠野さんのデビュー作を20代の女性が買われていったのをよく覚えているのですが、読者の方を想定されていますか? 

遠野……女性読者を意識して相手役の男の子にはとても気を使っていて、投げかける言葉はいろいろと考えました。いま10代の人たちというよりは、20代、30代の人たちが昔を思い出して、高校時代にこんな恋をしたかったと思ってもらえるようなものを書きたかったんです。
 2作目まで出したときに、20代、30代の方から共感できる内容だという感想を多くいただきました。逆に読み手を選ぶ小説だという意見もありました。じゃあ、売れる小説はどういうものだろうと考えたところ、理想的な男の子と恋愛をするような、憧れる要素がある小説がいいだろうと思い至ったんです。 
『マンゴスチンの恋人』では女性が読んだときに「もう恋愛はお腹いっぱい」っていう状態になってもらえたらいいですね(笑)。

小板橋……新人賞をとる人は年間にたくさんいますが、大切なのは2作目、3作目がどう続いていくか。書店員が作家さんを「育てる」なんておこがましい言葉は使いませんが、作家さんがその後どうなっていくかはとても気になる。遠野さんが小学館文庫小説賞に応募して、きちんと書き抜いてまた現れてくれたことには本当に感謝します。

遠野……また本を出せたことが本当に嬉しいです。今度は大丈夫かな? という気持ちも多少ありますが(笑)。

小板橋……読者を意識して書かれたと仰っていますが、この小説はたくさんの人に届くと思いますよ。書店員もがんばって売りたいなと思える小説ですから。

遠野……ありがとうございます。とても励みになります。もしこの小説がみなさんに受け入れてもらえたら嬉しいです。






(構成/松田美穂)



遠野りりこ(とおの・りりこ)
1975年、東京生まれ。2008年、「朝顔の朝」で第3回ダ・ヴィンチ文学賞読者賞を受賞、『朝に咲くまでそこにいて』(同作品改題)でデビュー。11年、本作で第12回小学館文庫小説賞受賞。他の著書に『工場のガールズファイト』がある。