アンケート






  第56回  初野 晴さん
  読者の方に書店へ足を運んでもらえるよう、
        平台を盛り上げるような小説を書きたい。






  臓器移植をテーマにした小説『水の時計』で横溝正史ミステリ大賞を受賞し作家デビューした初野晴さん。最近書店員さんの間でもとみに評価が高く、新作を待ち望む声も多い。以前から初野さんの作品を愛読している、ときわ書房本店宇田川拓也さんと精文館書店中島新町店久田かおりさんが、ファンタジーと社会派が見事に融合する初野さんの作風の秘密に迫った 。




ミステリと童話をベースに小説を書きたい


久田……そもそも初野さんが小説を書かれるようになったきっかけは何でしょうか?

初野……よく訊かれるんですが、高尚な理由はないんですよね。もともと小説を書くことが趣味で、それを人に読んでもらうのも好きでした。エンジニア志望で理系の大学に進み、希望どおりにサラリーマン生活を送っていたものの、もうひとつの道もあったほうがいいかなと思い、腕試しのつもりで賞に応募したのが最初です。

宇田川……デビュー作の『水の時計』は後々の初野作品の要素がきちんと入ったものだと思いました。ファンタジックな土台のなかでミステリを展開していくのが面白いですし、真相に迫っていく過程で少しずつ差してくる光や輝きがいいですね。

久田……『水の時計』は童話の『幸福の王子』をモチーフにした臓器移植がテーマの小説ですよね。『幸福の王子』は見返りのないただ献身のままで終わってしまう哀しいお話ですが、どうしてこの童話を選ばれたのですか?

初野……まずミステリと童話をベースに小説を書きたいという初期衝動がありました。そこで当時ネタとして持っていた臓器移植のプロットが童話の『幸福の王子』とうまくくっついたんです。二作目の『漆黒の王子』も死をイメージした内容になっていますが、今振り返ってみると自分が持っていた死生観を小説の中に吐き出してみたかったのかもしれません。

久田……脳死状態の葉月は、満月の夜にだけ会話ができ、自分の臓器を必要としている人に届けてほしいと昴に依頼します。普通に殺してもらうことはできないから、生きたまま身体の一部をなくしていくという死に方が衝撃的でした。

初野……今は核家族が多いですし、病院でみんな死んでしまうし、他人の死体なんて見る機会は滅多にないから、身近な死というものが希薄ですよね。ニュースや新聞で人の「死」を聞いてもどこか遠い存在で、ただ登場人物が退場するだけのように捉えてしまいそうになりますが、実際はそうではない。そういった今どきの生と死のあわいを表現するために葉月を登場させました。この微妙な状態は作中の最後までずっと保ちたかったです。

久田……自分はもう痛みを感じないと葉月は言っていますが、それでも生きている葉月の臓器を取り出して運ばなければならない昴は苦しみ、やつれていきますね。

初野……実は昴というキャラクターそのものがファンタジーというか、幻想の世界を暗示している存在なんです。2002年に「昴」という漢字は常用から外れるので、17歳の昴は存在しない。これは大学時代からの友人で村崎友という小説家が『たゆたいサニーデイズ』という作品の中で触れてくれています。

宇田川……脳死状態の人間が満月のときだけ話せるという設定のうえに、昴も存在しないとしたら、かなりファンタジーの要素を含む小説ですね。

初野……日常のなかにティースプーン一杯の非日常が入っているくらいの塩梅が僕は好きです。ふだん仕事をしていると人間関係などに疲れちゃうじゃないですか。幻想や非日常というのはずっと意識して書いています。



兼業なので登場人物を追いかける時間がない


久田……二作目の『漆黒の王子』は地上世界に住むヤクザと地下世界に住む女の子の視点で交互に話が進みます。両方の世界がひとつに収束していく展開が見事です。

初野……『漆黒の王子』の執筆の動機はずばり「ヤクザ」。地上世界と地下世界があって、ヤクザの抗争があって……というのを読者として読みたいと思ったんです。「ファンタジー・ヤクザ」っていう小説、今までなかったですよね?

宇田川……ないですね(笑)。馳星周さんの暗黒小説などにはヤクザ同士の抗争や突き抜けたキャラクターも出てきますが、この世界観をファンタジーにはなかなか持っていかないです。

初野……ヤクザが出てきても、暴力の描写には気をつけたつもりです。中高生とか若い世代の方が読者になることも意識しています。生々しい表現もありますが、女性が生理的な嫌悪感を抱いたり、痛みを感じる描写はしないです。

宇田川……初野さんはダークな部分はダークなままで、単純にハッピーエンドで終わらない点も印象的ですが、そういうものを若い読者には読ませてはダメだと制約をしないほうがいいですよね。感性が火傷するような初野さんの作品を若いうちにどんどん読んでほしいです。

久田……いろんな作家の方のインタビューを拝読していると、「書いているうちに、登場人物たちが自由に動き回り、話がどんどん展開していく」という話も聞きますが、初野さんはどのようにして小説を書かれるのですか?

初野……読者として自分が読みたいものがまずあって、小説を書き始める時点で世界観やポイントなど細々としたところまで決めています。僕は兼業作家なので、登場人物を追いかけている時間がないんです。プロットをつくるのもプレゼンする感覚に近くて、担当編集の方に必ず梗概を出します。今書いている長篇小説もラストの1ワードまで決まっていて、自分で自分の首を絞めている(笑)。

宇田川……それはすごいです! 短い時間でどうアピールするかという、長けた能力があるんでしょうね。プロットづくりでは、面白いシーンとシーンとの行間を埋めるうちに、小説全体が見えてくるのでしょうか?

初野……それに近いです。だからSFやファンタジー、社会派など大きく風呂敷を広げるジャンル・ミックスになりがちです。短篇だと詰めすぎてしまって、予定よりどんどん長くなる短篇の書き方はいまだによくわからないんですよ(笑)。



問題提起だけして解決までは書かない


宇田川……『退出ゲーム』シリーズは軽さのなかから重いテーマがふわっと噴き出てきますね。コミカルなんだけど最後にはシリアス。とくに『退出ゲーム』の第四話「エレファンツ・ブレス」では島田荘司作品のような奥行きから真相が立ち現れ、大変な傑作だと感激しました。

初野……あれは冒険しました(笑)。やりすぎたかなあと自分では思っていますが、本格ミステリとして、最後に舞台が暗転してすべてがひっくりかえるような小説がやっぱり好きですね。

久田……『退出ゲーム』が出たときは「爽やかなだけの青春小説はもう要らない」と書いたPOPを付けて店頭で展開しました。コミカルな作風のなかに、普通に生活しているぶんには体験できないような社会問題がたくさん出てきますね。

初野……それがある意味、あのシリーズの非日常な部分かもしれません。問題提起だけして解決まで書かずに、最後の結論は読者に委ねています。

宇田川……初野さんは読み手に先を連想させる表現を効果的に入れられていますよね。それでいて無駄な描写を入れずに、作品を削いで仕上げる上手さがある。初野さんの作品の魅力のひとつに「あえて書かないことで読ませる」というのがあると思うんです。

初野……省略はよくやりますね。確かに僕は書かない部分が多いです。手を抜いているわけではなくて、たとえばどの著書も参考文献は必ず載せていますので、本と本のつながりを知っていただくのも読書の楽しみのひとつかと思っています。

宇田川……ネットで感想を読むと、ラストをしっかりと書いてほしいと思っている人が意外といることに驚きました。きっちりと書きすぎてしまっている作品に慣れちゃっているのか、映像化の弊害かもしれませんね。もちろんミステリというジャンルである以上、オチや伏線の張り方は大事ですが、描写やメッセージ性まではっきりさせなくても、書かれていない部分から読み取る面白さというのはありますよね。

久田……このタイトルにもなっている「退出ゲーム」というのはとても面白いゲームですが、本当にあるものなんですか?

初野……全部僕が作り出したものです。ボツネタになった「密室ゲーム」というのもあります。今後シリーズのなかで出てくるかもしれません(笑)。



綾辻行人さんに「本格」の呪いをかけられた


宇田川……『退出ゲーム』の続編が出ると聞いて、喜んでオビにコメントを載せさせていただきました。『初恋ソムリエ』というタイトルを見たときは、「おおっ!」と思いました。

久田……ベタベタな恋愛モノを書かれたのかとびっくりしましたが、とてもいいタイトルです。

初野……ありがとうございます。タイトルはすべて僕がつけています。これも営業的なプレゼンに近くてこういう見方はまずいのかもしれませんが、本の名前は商品名でもあり重要ですよね。『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』は初め三部作で考えていたんですが、吹奏楽部の参加人数に辻褄が合わなくなってしまって、五部作くらい書かないと終わりそうにないです(笑)。唯一普通の女子高生なのは主人公のチカちゃんだけで、あとは人工物というか奇人変人が出てきたり、回を重ねるごとにどんどん個性が出てきました。

宇田川……次々と奇人変人が出てくるから、この学校はなんなんだと思ったほどです(笑)。魅力的な登場人物が多いですが、初野さん自身を投影されているキャラクターはいますか?

初野……どの作品でも自分語りをしないように心がけていますので、あまり登場人物に自分の意見などは投影していません。登場人物とは距離を保っていますね。とくに青春小説を書くときは、「自分本位な語りはしない」「短いセンテンスでスパスパっと書いていく」というのは最初から決めていました。

久田……一番健康的なチカちゃんが実は誰にも見せられないような心の傷を持っているんじゃないかと思っているんですが、どうなんでしょう(笑)?

初野……残念ながら、たぶん天然です(笑)。チカちゃんはなんにでも首を突っ込んでくれるし、書いていて面白いですね。自分が三十代になって高校時代を振り返ってみると、あのころは一種のファンタジーだったと思うときがあります。このシリーズは一見、青春小説のように見えるのですが、僕の中ではかなりファンタジー色の強い作品です。僕は柔道部だったこともあり、文化部が送る華やかな学校生活に憧れがあったんですよ。ただその中で吹奏楽の厳しさって体育会系に迫るものがあって、学校に一番遅くまで残っていたりする。それに敬意を表して吹奏楽部を舞台にしたものにトライしました。

宇田川……書店員としていろんなジャンルの小説を読んでいると、「青春小説」という門があったとしたら、きっとこれくらいの敷地内で楽しませてくれるんだろうなあと予測がつくのですが、初野さんの場合「家の玄関を開けたら東京ドームだった!」というくらいの意外性がありますね(笑)。

初野……もともと本格ミステリ路線で書くつもりはなかったんですが、横溝正史ミステリ賞の授賞式で綾辻行人さんに「本格」の呪いをかけられまして(笑)。もうやめようかなと思った時期もありますが、やっぱりやめられないですね。なんでだろう、これはもう業かな。



熱気がある現場を知ると非常に勉強になる


久田……初野さんは私のいる書店によく来てくださるんですよね。夜中にこんな本が売れたんだと思っていたら、実は初野さんが買われたものだと聞いてとても嬉しかったです。

初野……そうなんですよ。執筆の最中の気分転換も兼ねて、深夜に書店に行くことが多いです。先日は藤谷治さんの『船に乗れ!』を買いましたよ。

宇田川……毎日たくさんの新刊が届くなかで、店頭のいいところに置きたくなる小説というのがあるんです。初野さんの作品はどれもいいところで盛り上げたくなるものばかりで、力を入れて展開しています。

初野……ありがとうございます。一昨年から書店を回らせていただいていますが、やはり熱気がある現場を知ると非常に勉強になります。小説家の立場として現場を見てこなくて損をしていたなあと思ったほどです。2010年は自分にとってチャレンジの年です。年内にシリーズ物を二作、そして新作を一作発表したいです。読者の方に書店へ足を運んでもらえるよう、平台を盛り上げるような小説を書きたいですね。これからもよろしくお願いします。






(構成/松田美穂)



初野 晴(はつの・せい)
1973年静岡県生まれ。法政大学卒業。2002年『水の時計』で第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、作家デビュー。ファンタジーとミステリを融合した独特の世界観で注目を浴びる。著書に『漆黒の王子』『1/2の騎士〜harujion〜』『トワイライト・ミュージアム』などがある。