アンケート






 第14回 栗田有起 さん
 ドロドロと感情的に縺れているところを書いても面白くない

  新作を発表するたびに、斬新な設定と柔らかな作風で読者を魅了している栗田有起さん。
栗田さんの作品を愛読しているブックガーデンディラ上野店石岡華織さんとジュンク堂書店池袋本店小海裕美さんが、デビュー作から現在執筆中の作品まで、創作秘話を訊きました。





「匂い」をいつも意識して書いている


きらら……文庫にもなっている『ハミザベス』の表題作「ハミザベス」が、栗田さんが書かれた初めての作品ですか?

栗田……そうですね。生まれて初めて書いた小説が、とある文芸誌の新人賞の一次を通過して、それを加筆しタイトルを変えたものが「ハミザベス」という作品です。

石岡……栗田さんは作家になろうと、小さいころから思っていらっしゃったんですか?

栗田……初めて小説を書きたいと思ったのは25歳のときでした。それまで「小説を書くこと」は特別なことだと思っていたので、自分には無理だと諦めていました。「書きたいものもないし、だったら書きたいと思わないようにしよう」と思っていましたが、27歳のときに、いろんなきっかけに助けられて物語が浮かび上がってきました。実際に小説を書いてみると、子どものころに自分の中にあったものが作品に出てきているので、やっぱりどこかでずっと前から書くための準備を自分なりにはしていたんだと思います。

小海……「ハミザベス」はお父さんが死んだという一文から物語が始まっていますが、これは最初に書かれたものからあったんですか?

栗田……この最初の一文はすごく変わっていますね。とりあえず最初の一文はあらかじめ決めて書き始めますが、何度も書き直したりして、それがしっくり決まるとスムーズに全体が仕上がっていく感じです。

石岡……お母さんと一緒に暮らしていた主人公が一人暮らしを始めますよね。読んでいてこれは「転機」の話だと感じました。

栗田……ちょうどこの作品を書いたころ、私自身も私生活に変化が起きた時期だったので、こういう話になってしまったんだと思いますね。

小海……主人公たちは重要な決断を自分で下すことを、あまり怖がっていません。ふわふわと流されているようで、実はしっかりしていますね。

栗田……「一人で生きていく」と気負うと怖くなってしまうけれども、「流されてみよう」という意志を持ちながら、「その状況の中で与えられたことをやっていく」というのも自立のひとつの方法ですよね。若いときはとくにそういう選択のほうが多いように思います。

きらら……『ハミザベス』に併録されている「豆姉妹」は単行本にする際に書き下ろされたんですか?

栗田……はい。そのときに浮かんできたものをさほど迷うことなく書き上げました。タイトルの「豆姉妹」というのは最初からありました。

小海……栗田さんの作品は、タイトルもすごく好きなんですよ(笑)。「豆姉妹」という言葉から思い浮かぶ主人公が、アフロにするとどんな感じなんだろう? って可笑しかったです(笑)。妹のアフロをお姉ちゃんが掃除機で吸っているシーンが好きです。

栗田……ありがとうございます(笑)。世間と擦り合わせることが難しい部分が、誰にでもあるような気がするんです。私は、「自分に足りないもの」と「自分に多すぎるもの」は、実はイコールだと思っていて、「過剰なもの」を書くことは、自分に「ないもの」を書くことと似ているんです。その「過剰なもの」ということで、アフロのシーンが出てきました。

石岡……アフロにしたときの周りの反応って、きっと「大変なことがあるけど、がんばってね」という人が多いと思うんですよ(笑)。

栗田……そう、みんな案外温かいんです。高校生がガングロにしているのを見ると、なんだかなあと思う半面、彼女たちなりにああせざるを得ないものがあるんだろうなあと思います。

小海……丸顔で目立つタイプではないのに、突然アフロにするなんて、アフロはもっとアフロが似合いそうな人がやるものですよね(笑)。

栗田……お姉ちゃんが看護師を辞めてSM嬢になったのがきっかけで、妹も自分が今まで自覚していなかったものに気づかされたんでしょうね。この作品でもやっぱり「自立」がテーマだったので、「今まで自覚していなかった自分自身を見つける」という「自立」の一歩を描きました。

小海……豆姉妹と義理の弟と3人で滝を見に行くシーンがありますが、なぜ滝にしたのですか?

栗田……お盆休みに「温泉でも入って滝を見に行こう」と誘われて行ったことがありまして、観光名所で人がいっぱいいるところだったんですが、昼間から滝に打たれている人もいたんです(笑)。それが印象に残っていて、作品に出てきました。

石岡……この「豆姉妹」もそうですが、ほかの栗田さんの作品でも「匂い」を感じさせる描写が多いですね。

栗田……私は「匂い」が気になる質で、「匂い」をいつも意識しているので、作中にも自然と表れるのではないかと思いますね。これは癖かもしれません。



小説を書くのは特別なことではない


きらら……最近文庫化された『お縫い子テルミー』はタイトルどおり仕立て屋の女の子が主人公ですね。

栗田……ファッションにすごく興味があるというわけではないのですが、子どものころから裁縫が好きなんです。裁縫は「手に職」というイメージがあって、若い女の子が一人で生きていくときに、仕立て屋だったらやっていけるかもと思いました。

石岡……異性にではなくて、仕事に恋をしてしまうことはよくあると思うのですが、そういうことが書かれている小説は少ないので、この作品を読んだとき「いいなあ」と思いました。

栗田……ありがとうございます。夢中になれる対象はいつでも必要ですし、それがあってこその人生だと思います。

小海……主人公が息をするように仕事ができるのが羨ましいですね。

栗田……私も会社員のころ、仕事のできる人間になりたいと自分なりに頑張りました。でも会社員として仕事をすることが、自分の理想とする「働く」というイメージにダブらないところがあって、できるだけすべての自分の生活と「働く」ことが一致した生き方をしたいと思ったんですよね。だから、息をすること、生きることと、仕事をすることが限りなくダブっているテルミーには、私の憧れが表れていますね。

石岡……人はなにかを作り出せる人と、それを消費する人の2種類に大きく分かれると思うのですが、栗田さんの作品を読んでいると、裁縫もそうですが、なにもないところからなにかを作り出すことができる人なんだなあと思います。

栗田……私も石岡さんと同じようなことを考えていた時期がありましたね。実際に自分で小説を書いてみると、確かに今までにはなかったものを形にしていく作業ではあるのですが、それは全然特別なことではないと思うんです。たとえば日記を書くときなど、誰しも自分の中の見えないなにかと対話しながら出来上がっていく部分があるのではないでしょうか。その作業は小説を書くことととてもよく似ています。たまたまそれが小説という形をとっているだけで、すべてのことと同じだと今では思うようになりました。

小海……ちょっと困難な境遇にあっても、主人公たちが気持ちの切り替え方が早くて、私自身がいろいろと悩んでしまうほうなので、いいなあと思いました。

栗田……本当は小説で書かれていない部分で主人公たちもドロドロと縺れているところがあるだろうと思うのですけどね。感情に囚われてしまって動けなくなる状態を小説にしても、私が小説でそれを書いたとしても、自分が面白く読めないんです。

石岡……小説を書くときは、考えていることが文字になって頭の中を流れる感じで思い浮かぶんですか?

栗田……いろいろな場合がありますが、なんとなくふわっと感覚があるだけで、「なんか気になる、なんか離れない」状態にずっと浸っている時期と、言葉が言葉を呼ぶという感じでおのずから流れていくときがありますね。



実際の経験を活かして書いた『オテル モル』


きらら……二年前、芥川賞にノミネートされた『オテル モル』は、「きらら」の小普連座談会でも人気がありました。安眠を提供するホテルが舞台、というのがまず斬新ですね。

栗田……実はビジネスホテルで働いていたことがあって、ホテルの仕事は基本的に勤務時間が夜なんです。お客様が全員チェックインした深夜、特にやるべきこともなく一人でフロントにいると「私、ここでなにをしているんだろう?」と不思議な気持ちになりました。そこで「眠っている人に対するサービス」はなにかと考えたのが、この作品を書いたきっかけですね。寝ている人に対する一番のサービスは、やっぱり眠る条件を整えてあげることですし、理想の眠る場所は音もなく温度も一定で明かりもないところがいいかなあと思いました。自分自身もこんなホテルがあったら泊まってぐっすり眠りたいという願望もあります(笑)。

小海……主人公の、人に眠りを催させる「誘眠顔」というのがすごく魅力的なキャラクターに見えて、一体どんな顔だろう? って想像しました(笑)。

栗田……その顔自体が彼女のサービスの一環なんでしょうね。まさにこのホテルの仕事が彼女の天職なんだと思います(笑)。

石岡……書店員もサービス業なのでこの作品と通じるところがあります。お客様が安心して眠るということはお客様にこちらの思いが通じているということだから、素敵だなあと思いました。

栗田……そうですよね。お客様と自分とがそういう形で繋がることができたら、仕事をする意味が深まりますし、きっとみんなお金を得るためだけではなくて、人と関わりを持ちたいと思って働いているところがあると思うので、そこも描きたかったですね。



好きな曲のイメージから書き上げた作品


きらら……『マルコの夢』はタイトルからだけでは、まさか「マルコ」がキノコだとは思いませんね(笑)。

栗田……私は「ゆらゆら帝国」というバンドが好きで、彼らの『突き抜けた』という歌で、一部どうしても私には「巨大茸の奇想」と聴こえるところがあるんです(笑)。その言葉がずっと頭に残っていて、狭いアパートの部屋で大きなキノコを見上げている男の子の姿が浮かんできたので、そのイメージから小説を書き上げました。

小海……どうして主人公が、みんなの言うことをあっさりと聞いてしまうのか、不思議だったんですよね。そんなに言いなりになっちゃっていいの? って(笑)。

栗田……一般論になってしまうけれど、男の人って組織の中で忠実に動くのがうまいし、それが男の人の力だと思うんですよね。あと男の人って、「みんなで夢を実現しようぜ!」みたいなことを言いたがりませんか(笑)。男の人のそういう、私にとって不可思議に思える部分を書いてみたいというのもこの作品の裏テーマです(笑)。女の子は一人で充実しちゃっているので、女の子が主人公よりも男の子を使ったほうがうまくいくと、「マルコ」は思ったはずです(笑)。



小説を読むことには自己治癒という側面がある


きらら……『コイノカオリ』に収録された「泣きっ面にハニー」は恋愛小説ですね。

栗田……恋愛ってドラマチックなものですよね?自分も書けなくちゃいけないと思って頑張りました(笑)。

小海……恋の始まりの段階でかなわないと未来のことをすでに悟っていて、主人公が結構あっさりしている部分がありますね。

栗田……いわゆる片想いをしているときの心理は一番面白いと思っています。まだよく知らない相手のイメージと格闘する独り相撲なところがいいですね。

石岡……この「泣きっ面にハニー」ではマッサージ店が舞台ですね。読んでいてマッサージに行きたくなりました(笑)。栗田さんの作品を読むといつもこういうふうに癒されるんですよね。

栗田……ありがとうございます。マッサージをするのは得意ですよ(笑)。小説を読むことは一晩眠ったあとのような自己治癒という面を感じますし、私自身、本にいつも助けられているので、そう言っていただけるのは本当に嬉しいですね。

小海……ある物事に対して一定の距離をとれて、自分が崩れることがない主人公たちはすごく魅力的ですが、もし自分の考えではままならないことがあったときに、どうなるのかというのが気になりました。今度はぜひ相手が思いどおりにならないような現在進行形の恋愛小説が読んでみたいです。

栗田……いままでの作品の女性たちはみんなマイペースなんですよね。自分のペースで生きられる状態を選んでいますし。実は、小海さんが仰ったような小説を書こうとしているんですけど、もう難しくってね(笑)。だってどうしても生々しくなってしまうんですよね。

石岡……私は「夢」をテーマにした栗田さんの作品が読みたいです。たまに私は夢を見ている時間が現実で、目覚めているいまが本当は夢かと思うときがあるんですよね。

栗田……私も石岡さんと同じようなことを考えているんですよ。「夢」はずっと追いかけていくテーマだと思っています。

きらら……栗田さんはふだん書店に行かれますか?

栗田……大好きですよ。子どものころから一番行っているお店が本屋さんだと思います。作家になった当初は自分の作品があるかどうか覗いてみたりしていましたが、いまは女性作家の棚は恥ずかしくて避けたりしていますね(笑)。

きらら……では最後に栗田さんの本を店頭に並べている書店員のみなさんになにか一言お願いします。

栗田……子どものころから引っ込み思案で人になにかを聞いたりするのは苦手な私でも、書店員さんにだけは気楽に話しかけられるんですね。いつもそういう気楽に声をかけられる存在でいてほしいですし、普段なかなか会えない友達のように勝手に思っています。なにか困っていることがあったら助けてください(笑)。これからもよろしくお願いします。

 

(構成/松田美穂)



栗田有起 (くりた・ゆき)
 1972年、長崎県生まれ。名古屋外国語大学外国語学部英米語学科卒業。02年「ハミザベス」で第26回すばる文学賞を受賞しデビュー。主な著書に『ハミザベス』『お縫い子テルミー』『酔って言いたい夜もある』(角田光代対談集)『オテル モル』『コイノカオリ』(共著)『マルコの夢』がある。