アンケート






 第8回 中村 航 さん
 作家として自分の小説を出すときは、確信と愛情をもって送りだしている

 中村航さんの新刊『100回泣くこと』が刊行されました。
 「きらら」連載時から読者の好評を博し、さらにそれを加筆改稿、満を持して発表した作品です。中村航作品をこよなく愛すアシーネ芝公園店の波岡太朗さんと、有隣堂書店ルミネ横浜店の羽生斉彬さんが、ナカムラコウ<潤[ルドの秘密を訊きました。





履歴書を埋めていく感じで書いた


波岡……店頭にいる書店員の実感として、いまの小説の主流には「日常の延長線上でちょっとした特異なことが主人公の周囲に起こる」というのがあると思いますが、この『リレキショ』はそのハシリの作品だったと思いますね。この作品は感情移入しやすくて、登場人物たちがどこか自分と地続きで繋がっている人たちのように感じました。

中村……『リレキショ』は実は突拍子もない話だったりするんですけど、それが日常の起こり得る話として読まれるのは、嬉しいかな……。嬉しいです(笑)。

羽生……主人公の半沢君の素性が最初全然わからないけど、読み進めていくうちに真っ白な履歴書に「半沢良」という人物が書かれていき、半沢君に好意を寄せる女の子の「ウルシバラワールド」がどんどん広がっていく様子が面白かったです。

中村……作中で初めて「僕」という言葉を出したときに、どんな「僕」にしようかといろいろ考えました。初めて書く小説だし、それは今後、「僕」と書くことにも関わってくると思った。小説の中の「僕」は、僕自身とは違うけど、やっぱり僕の分身でもある。だからどんな「僕」をこれからつくろうかと、履歴書を埋めていく感じで書いていきました。実際の僕自身の履歴という意味では、『ぐるぐるまわるすべり台』がいままで自分のやってきたことには近いですけどね。

波岡……文庫になって、書店としても売りやすくなりましたね。加筆などはされたんですか?

中村……文庫化する際に2年半ぶりに読み返してみると、「おぉ! こんな面白いこと書いてるよ、俺」と思ったところもあるし、逆に「いま自分が書くならこうは書かないだろうな」と思うところもありました。ただそれを削ってしまうのはちょっと違う気がするので、話を変えたり削ったりせずに、細かいところを見直しました。一番大きな変更は、登場人物の山崎さんが吸っている煙草の銘柄(笑)。

お茶とコーヒーを一日中飲んでいる


波岡……『夏休み』は奥さんが近くにいる横で読んでいたこともあり、作品と自分自身がシンクロしましたね。後半からロードムービー的な展開になってきて、吉田くんみたいな友達がいればいいなと思いました。まぁ、僕は免許を持っていないので、無理なんですけど(笑)。

中村……吉田くんは免許持ってるかな、持ってそうだなぁ(笑)。『リレキショ』もそうですが、『夏休み』は血の繋がらない人たちの巣作りの話ですよね。さっき波岡さんが仰った「日常の延長線上にある話」というのに一番近いかもしれません。実はこの作品は恋愛アンソロジーの『I LOVE YOU』に書いた「突き抜けろ」と繋がっていたりするんですけど、まだそれは明らかにされていません(笑)。

羽生……ユキのママがお茶にこだわっていて、お茶を淹れるシーンが事細かに書かれていますね。他の作品ではコーヒーのことも書かれていて、中村さんはお茶やコーヒーがお好きなんですか?

中村……僕の体の8割は茶でできてるのかってくらい、一日中飲んでますね(笑)。

きらら……半沢君は自転車をきれいにしたり、吉田くんはカメラの分解をしたりしますが、中村さんご自身も機械に興味がおありですか?

中村……メカにまみれた人生だとか、メカが得意というわけではないですが、好きですね。「そういうものをいじっている人が好き」と言ったほうがいいかもしれないです。

波岡……実際の男女の関係はもっとベタベタしてると思うんですけど、読者として読むぶんにはこれぐらいが気持ちいいし、『夏休み』は「主人公の二人はこういうマンションに住んでいて……」と絵が見えました。

中村……実は読んでらっしゃる方の、頭の中のイメージや絵を、一度でいいから覗いてみたいんです。本当に。

 

執筆は長いマラソン


羽生……『ぐるぐるまわるすべり台』にはビートルズの「へルター スケルター」という曲が出てきますね。作品を読んだ後、僕はビートルズの『ホワイト・アルバム』を借りに行きました(笑)。

中村……あの曲はビートルズのベスト盤のアルバムにも入ってないんですよね。この作品を書いてるときは、ずっとエンドレスで聴いていました。ふだん執筆するときも、なにか音楽をBGMにしています。

波岡……やっぱり併録されている「月に吠える」と併せて読んで1セットだと思うんですが、音楽が題材だからということもあってテンポがいい作品なので、単純に「好きだな、これ」って思ってしまった小説ですね。

中村……そうですね、この作品はテンポが8ビートかな。プロになって、純粋に最初から書き始めたのが『ぐるぐるまわるすべり台』なので、初めて読み手のことを意識して書きました。だけど核となる想定読者は「19、20歳頃の自分」です。

羽生……どんどん作品が純化されてきたというか、うまくなってきてるなって(笑)。

中村……点の打ち方だとか、いままで混沌としていたことが、「ぐるぐるまわるすべり台」と「月に吠える」でまとまっていったかな。

波岡……プロになって書かれたと伺って、単純に納得しました。それぞれの登場人物が役割を持って存在していて、キャラが立っているなと。僕は「月に吠える」がとくに好きですね。

中村……単行本のタイトルは『ぐるぐるまわるすべり台』ですけど、両方とも好きな作品なので、A面の「ぐるぐるまわるすべり台」がレコーディング盤、B面の「月に吠える」がライブ盤って感じです。

きらら……この作品のプロフィールにも書かれていますが、『ぐるぐるまわるすべり台』までの3冊を「始まり」の3部作と言われてますね。

中村……執筆生活は長いマラソンだと思うんですけど、ゴールというものがない。中間の折り返し地点のようなものを設定したいと思ったし、執筆活動自体を物語化できればいいなと思った。『ぐるぐるまわるすべり台』を書き終えたときは、3部作完結という言葉がしっくりきたんですよね。

 

正面から恋愛を書いた「突き抜けろ」


羽生……僕が中村さんの作品を初めて読んだのは、『I LOVE YOU』の「突き抜けろ」でした。あの本の中の作品で、中村さんが一番面白かったです。学生の気持ちがうまく書かれているので、もっと若い作家さんなのかなと思っていました。木戸さんのキャラクターが素晴らしくて、強そうに見えてあっさりやられちゃうところに、好感がもてました。

波岡……学生の頃の先輩に、木戸さんみたいな人がいるんですよね。「昔はカッコよかったのに、いまは……」って人たちのことを思い出しました。

中村……この間『大停電の夜に』という映画の試写を観ていたら、豊川悦司さんが演じているジャズマンが、木戸さんという名前だった。「そうか、一念発起した木戸さんは、ベースを持ってニューヨークに行ったのか」なんて思おうとしたけど無理だった(笑)。いままで書いた作品の中では、木戸さんは一番豪快でスーパーヒーローですよね。絶対モテませんけど。

きらら……「突き抜けろ」を読んだときは最初に木戸さんのキャラクターに目がいき、青春小説のような印象を受けましたが、男の子とのやり取りのなかで、彼が彼女への気持ちを育んでいく様子を見ると、やっぱりこの作品は恋愛小説なんだなと思いましたね。

中村……そうなんですよね。この作品をカテゴリーとしてわけると恋愛小説に入らないかもしれないけど、実は僕はものすごく正面から恋愛を書いているつもりで、彼が辿りついた「優しい実感」は、すべての恋愛がそこを通過するなら、そんな美しいことはないって思っています。

波岡……彼女が干渉できない男だけの世界があると思うんですけど、そこで悲しいことや達成感があったときには、たとえ彼女がそこに興味がなくても伝えたくなる。ラストのシーンの、主人公の気持ちが「わかる、わかる」と頷いてしまいました。

きらら……前出の「ぐるぐるまわるすべり台」のラストに富士山が出てきますが、この「突き抜けろ」にも富士山のシーンがありますね。

中村……「ぐるぐるまわるすべり台」のシーンは、実際に僕が見た情景を正確に思い出して書きました。ヨシモクみたいな子を教えながら、塾の屋上で見たんですよ。だけど書く段になって、太陽が出る方角と日付をシミュレートしてみたら、実際に僕が見た山は富士山ではなくて、富士山よりも小さくてよく似た稜線を持つ山だったんです。「突き抜けろ」みたいに五合目まで行って戻ってきたこともあります。松本と宇井という後輩を引き連れて。ってことは俺が木戸さんか(笑)。

羽生……『I LOVE YOU』を読んだあと、中村さんの本を探してみたら、とても表紙が良くてジャケ買い的な勢いで買ってしまいました(笑)。

中村……イラストレーターの宮尾さんはものすごく時間と情熱を込めて表紙の絵を仕上げてくれます。僕は、彼のイラストにまとわれた自分の本が、とても好き。

波岡……『リレキショ』の文庫のイラスト変更は、中村さんのご希望だったんですか?

中村……自然な流れでそうなりましたね。単行本のイラストのときは、最初ガソリンスタンドの服を着た主人公の絵だと聞いていたので、どんな顔なのか心配でした。僕はいいなと思うものや好きなものを見ると爆笑するんですけど、このイラストを見た瞬間に「あっ! 半沢良君だ」と爆笑しちゃいましたね(笑)。

 

純愛小説に腑に落ちない部分が


きらら……「きらら」でも連載をされていた『100回泣くこと』が単行本として 刊行されましたね。

中村……小説を書き終えた後は、作家はなにもできないので、多くの人に読ま れればいいなといつも祈るような気持ちで作品を送り出しています。

波岡……小説の感想は読んでいるときの自分自身のシチュエーションに影響されるものだと思うのですが、僕はちょうど新婚ということもあって、『100回泣くこと』を読んで、いろんな意味で頑張らないといけないなと思いました。ふだん本を読まない奥さんも読んで泣いていました。

羽生……愛する人が死んでしまう小説はたくさんありますが、この作品の彼女が最も静かに死んでいくような気がします。人が死ぬときはフッといなくなるんだなと。彼が犬のブックを追って町を走るシーンでふいに泣いてしまいました。

中村……泣かせたいわけじゃないんですけど、ありがとうございます。純愛モノと呼ばれている小説には、ちょっと腑に落ちない部分があったりして、自分なりの感覚や体験を基に、書き直してみたい気持ちが最初はありました。書いている最中は、小説世界を構築することだけで、そんなことは全く忘れてしまうんですけど。

羽生……『リレキショ』にも出てきた加藤さんが登場しますね。

中村……あの人は、加藤しかいないなぁと。ガソリンスタンドでキャブレターのことを教えてくれるのは山本じゃないだろうって(笑)。

きらら……タイトルはどうやって決められたんですか?

中村……この作品を書き始めたときに、最初に浮かんだのが「100回泣くこと」だったんです。しかし、途中から浮上したのが、「スケッチ・ブック」。両者はいい闘いを展開したんですが、最後には「100回泣くこと」が勝利しました。文章なら2つ残せるけど、タイトルは1つ。犬の名前と一緒で、決まってしまえば、もうそれしかありえないって感じです。あの犬が「ブック」じゃなくて「ワカメ」だったら、おかしいだろうと。

波岡……この『100回泣くこと』は長い間ずっと売れ続けるような作品になってほしいなと、勝手ながら思っています。

中村……作家として自分の小説を出すときは、確信と愛情をもって送りだしているので、そう言っていただけると嬉しいです。

 

書店員さんとロマンを持って仕事を


羽生……さきほど他の映画で、木戸さんという役名のキャストを見たというお 話がありましたが、最近映画化される小説が多い中、ご自分の作品が映画化されたら、ここだけは譲れないと思うところはありますか?

中村……加藤さんは僕が演る、とか(笑)。あと、分解するカメラは、ペンタックス。そこだけは譲れません(笑)。

きらら……では最後に「from BOOK SHOPS」を読んでくださっている書店員のみなさんに、ひと言お願いします。

中村……今日こうやって書店員さんにお会いするのもすごいことですよね。嬉しいです。(ここで地震が起こって一時中断。震度4)まあ、とにかく(笑)、書店員さんに伝えたいのは、やっぱり「よろしくお願いします」のひと言に尽きます。これからも本の書き手と届け手として、お互いロマンを持って仕事ができるといいですね。

 

(構成/松田美穂)



中村 航(なかむら・こう)
 1969年、岐阜県生まれ。02年『リレキショ』で第39回文藝賞を受賞。『夏休み』「ぐるぐるまわるすべり台」は立て続けに芥川賞候補となる。『ぐるぐるまわるすべり台』で野間文芸新人賞を受賞。人気男性作家たちが描いた恋愛小説集『I LOVE YOU』で「突き抜けろ」を発表。最新作は『100回泣くこと』。