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今月飲むのを我慢して買った本

透明感のある緻密な表現が素晴らしく、動きや感情を
細やかに切り取る小川洋子さんの魅力が詰まった『ことり』。

戸田書店静岡本店(静岡)松本玲子さん

 まず、これは外せません! 『キャプテンサンダーボルト』!! 阿部和重さんと伊坂幸太郎さんという超人気作家の完全合作で話題の本です。構想四年、五百頁超の重みに一瞬ひるみますが、心配ご無用。主人公はヒーロー好きの元野球少年の二人。三十歳を目前に偶然の再会を果たした二人は、訳あって大事件に巻き込まれることに。後に退けなくなった彼らは過去に囚われ現在にもがきながら、必死で未来を掴もうと進みます。その疾走感あふれる物語に、時間を忘れました。シビアな状況の中で交わされる二人の会話のテンポの良さに、こちらの緊張が緩んで、続きが読みたくなるという好循環。読後にもざわざわ感の続く極上のエンターテインメントです。

 二冊目は小川洋子さんの『ことり』。「小鳥の小父さん」と呼ばれる男性とその兄をめぐる静かな物語です。小父さん兄弟は、小鳥のさえずりに耳を澄まし、小鳥たちはそれに応えるように美しい声で歌う。小父さんは、人の言葉で意思の疎通がとれない兄の言葉にも耳を澄ませます。兄には小鳥の言葉が通じ、その兄独自の言葉を小父さんは理解できるのです。二人の生活は慎ましく静かですが、幸福感に満たされています。透明感のある緻密な表現が素晴らしく、ひとつの動き、感情を細やかに切り取る小川さんの魅力が詰まった作品。読後は少し寂しいかもしれません。でもきっと心の芯に、小鳥のようなふわっとした温かさが残っているのを感じられるはずです。

 三冊目は矢崎存美さんの『ぶたぶたのおかわり!』です。実は、矢崎さんの作品は初めて読みました……。売り場で目が合ってしまったのです、「山崎ぶたぶた」さんと! でも、この出合いは間違いではありませんでした。ブタのぬいぐるみ(のような?)ぶたぶたさんと次々に出てくる美味しそうなお料理に、ウキウキしましたから。ぶたぶたさんと初対面の人達が、驚きつつも意外とすんなり受け入れてしまうのも面白い。全身ピンク色で尻尾がきゅっとしまっていてブタ鼻で(当たり前ですが)、お料理上手おもてなし上手なぶたぶたさんに、警戒心がなくなるんだろうなあ。寒い季節、ちょっと力が入った心と体に、ぶたぶたさん。ほっこりほぐれます。

当店の売れ行き30位前後にいる小説

本当に面白い物語・上田岳弘さんの『太陽・惑星』を前にすると、「ジャンル分け」というものは無意味だと感じる。

大垣書店イオンモールKYOTO店(京都)辻 香月さん

 ショッピングモール内にあるため、家族連れも多く、客層も幅広い──そんな当店のランキングの中から三冊選びました。

 中島京子さんの『パスティス 大人のアリスと三月兎のお茶会』は「パスティーシュ」、つまり先行作品の模倣である。古今東西の物語のパロディや珍解釈の数々。作者の企みに満ちていて、物語の森に分け入っていくような楽しさがある。夏目漱石『夢十夜』をモチーフにした「夢一夜」、ベケット『ゴドーを待ちながら』を坪内逍遥の文体で描いた「ゴドーを待たっしゃれ」。(本人にしかわからない執筆の苦しみなどはあるのかもしれないが)何より作者が楽しんでいるのが伝わってくる。オリジナルを知っていたら面白いのはもちろんだが、知らないのもまた良い。「読後にオリジナルを読んでみる」という楽しみ方ができる。読書欲を無限に広げてくれる、良質な本。

 店頭で、少し驚いた表情で手に取っている男性のお客様を見た。那須正幹さんの『ズッコケ中年三人組age49』。彼にとってはおそらく「再会」なのだろう。ハチベエ(八谷良平)、ハカセ(山中正太郎)、モーちゃん(奧田三吉)の三人にまた会えた──しかも彼らは中年、四十九歳なのだ。この中年シリーズ、新刊が出ると静かに売れてゆく。「ズッコケ三人組」時代に起こった事件の場所やゆかりの人物がちりばめられていて、嬉しい読者も多いだろう。時の流れに伴って、三人組を取り巻く状況は変化しているものの、ミドリ市で暮らす、彼らの変わらない友情に懐かしさを覚える。三人組と再会したお客様が自身の子どもに「ズッコケ三人組」シリーズを薦める、ということもあるのではと想像が膨らむ。

 本当に面白い物語を前にすると、「ジャンル分け」というものは無意味だと感じる。上田岳弘さんの『太陽・惑星』がまさにそうだ。人類が太陽による錬金術を完成させ、地球と共に、太陽に呑み込まれるまでの飽くなき欲望を描いた「太陽」。人間の考えや過去や未来の経験、人類に起こることのほとんど全てがわかってしまう「最終結論」である「私」の語りで物語が進む「惑星」。地球上の様々な人々、出来事が交錯する時、物語が動き出す。先が全く読めない面白さ、飽きのこない文章。SF好きにも純文学好きにも読んでほしい。「物語」が好きな方に薦めたい一冊。

私はこの本を1日1冊1すすめ

読むたびに感情移入するキャラが変わるのも、森絵都さんの
『カラフル』を長く読んでいるからこその魅力の一つ。

紀伊國屋書店前橋店(群馬)田中麻衣子さん

 「常闇の中にも家族の温かさを──光を感じた」

 「ひたすら自分の幸せを願う者たちが織り成すこの地上は、あの目に美しく映るのか」

 「ホームステイだと思えばいいのです」

  貴方の心に響く言葉はありましたか? これらは私の思い入れのある三冊の各々の一節です。ぜひともご紹介させてくださいませ。

  まず一冊目、下村敦史さん『闇に香る嘘』。

  後天性の全盲である主人公は、孫娘への腎臓移植の適性検査の依頼を拒まれたことをきっかけに、中国残留孤児である兄の正体に疑念を抱きそれを暴くミステリーです。終戦前後の凄惨な満州からの引き揚げの描写に息を呑み、視覚を遮断されたうえでの物語の進行はスリル満点。稀薄な家族関係が、謎が暴かれることによって深まっていく過程も見逃せません。著者のデビュー作ですが、私も文芸書担当になって初めて読んだ記念すべき作品でもあります。店頭に並べた時のあの高揚感といったら!

  二冊目は吉永南央さん『萩を揺らす雨 紅雲町珈琲屋こよみ』。大正生まれのお草さんが、営む店の周りで起こる事件を解決していくお話です。お草さんの悲しい過去からくる芯の強さ、人を思いやる時の行動の機敏さに憧れます。いくつになっても夢を忘れない彼女に誰もが虜になるでしょう。この作品を読んだきっかけはお草さんの住む紅雲町と同じ地名に住んでおり、シンパシーを感じたからでした。

  最後を飾るのは中学生の頃からたびたび読み返す、森絵都さん『カラフル』です。

  あやまちを犯して一度死んだはずのぼく。天使プラプラに誘われ、中三の小林真の体を借りてあやまちの大きさを自覚し、再び輪廻のサイクルに戻るお話です。年齢特有の嫌悪感や甘酸っぱい葛藤、家族への不信が切実に伝わってきます。読むたびに感情移入するキャラが変わっていくのも、この作品を長く読んでいるからこその魅力の一つ。

  冒頭の一節のあのひと言は、また気軽に頑張ろうと前向きにしてくれる魔法のセリフです。立ち止まった時に読み返すと中学生の時の心情をカラフルに呼び覚まされます。

  貴方にも年を重ねても読み返すことができる素敵な物語はありませんか?

 

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