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辻村深月さん 『島はぼくらと』闘うことから離れて、改めて原点に戻って自分が書きたいもの、読みたいものを書こうと思い直しました。
辻村深月さん
これまで地方都市が舞台の小説を多く上梓してきた辻村深月さん。直木賞受賞作『鍵のない夢を見る』をはじめ、多くの作品で地方社会の閉塞感や軋轢を垣間見せてくれた。しかし新作『島はぼくらと』はまったく異なる読み心地。高校生たちのまぶしい青春を描きながら、今の時代における地方の暮らし、故郷のあり方を肯定的にとらえる明るい物語となっている。
辻村深月(つじむら・みづき)1980年2月29日生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。他の著作に『オーダーメイド殺人クラブ』『水底フェスタ』など多数ある。

地方を肯定的に書いてみたい

 昨年7月に『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞した辻村深月さん。受賞後の第一作となる『島はぼくらと』は、瀬戸内海の架空の島、人口3000人ほどの小さな冴島を舞台にした青春小説であり、地方小説だ。といっても大人の読み手が10代の頃をノスタルジックに振り返るような内容ではなく、どんな年齢層も今の年齢のままで寄り添って読めるくらい、さまざまな要素がつまっている。

「これまでに『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』で地方都市の閉塞感、『水底フェスタ』で村社会のしがらみを書いてきました。でも、もしも私が故郷や田舎というものを肯定できるものを書くとしたら、どうなるんだろうと思って。肯定的な小説を書くことでこれまでの作品と合わせて三部作のようにしたかった。今までは主人公たちが闘っている小説でしたが、今度は闘わない人たちを書こう、と思いました」

 辻村さんといえば山梨県出身。特に縁があるわけではない瀬戸内海の島を舞台にしようと思ったきっかけは、3年前にある。

「瀬戸内国際芸術祭が開催された時、作品を出品している作家さんたちと一緒に島めぐりをしました。毎日宿泊する場所が違うような、強行スケジュールでした。空や海の青さ、太陽の光や風の強さが強烈でした。自分の育った、山に囲まれ海のない田舎とはまったく違う田舎を実感して、この場所だったら地方というものを肯定的にとらえられるような気がしたんです」

 冴島に暮らす17歳の朱里、衣花、源樹、新の4人は島に高校がないためフェリーで本土の学校に通っている。船の出航時間が決まっているため放課後の部活も満足に参加できず、結果的に彼らはいつも一緒に行動している。

 高校生たちの青春模様、淡い恋模様にも心くすぐられるが、田舎が生き残っていくための取り組みや、地元の人々の思いや軋轢といった現代的なテーマも内包しているところが特徴的。冴島は地元活性化のさまざまな取り組みをしており、移住者を多く受け入れている。4人は地域活性デザイナーのヨシノ、Iターン組のシングルマザーの蕗子やウェブデザイナーの本木とも仲良しだ。また、朱里の母親は地元産業の活性化の一環として設立された、一夜干しや佃煮などを製造する食品加工会社の社長に就任している。

最初は違った主人公像

 実は構想段階では、故郷を捨てて移住してきた蕗子や、島の定住者ではないヨシノを中心人物にするつもりだったとか。

「故郷というものにはいい部分も悪い部分もある。そこはきちんと書きたかった。それで、自分が実際に住んでいた故郷の人たちに潰されそうになって逃れてきた蕗子という人物を書こうと思ったんです。ただ生まれた場所というだけで拘束力を持つ土地と、受け入れてくれたけれども間借りしているような居心地の悪さもある土地、どちらがその人にとって本当の居場所になるのか。故郷ってなんだろうということを考えたかった」

 しかし、100枚ほど書き進めたところで気持ちが変わった。

「闘わない小説をと言いながらもやっぱり闘っているように感じていました。そんな折、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞したんです。自分ではそんなに意識はしていなかったのに、地方都市に生きている女性たちが書けているという評価をいただきました。その時これまで書いてきた“闘うこと”が報われた気がしたんです。それで、闘うことから離れて、改めて原点に戻って自分が書きたいもの、読みたいものを書こうと思い直しました。初期の頃から私の小説を読んでくださっている方にとっての“辻村深月らしさ”とは何かと考えてみると、やはりあの頃は青春小説の書き手といわれていたなと思って。それで主人公を高校生たちに代えたんです。ただ、今までの私の小説の10代は圧倒的に教室の中にとらわれている人たちだったんですよね。今回書きあげて思ったのは、はじめて太陽の下の高校生たちを書くことができたんだな、ということでした」

 島の暮らしに不満があるわけではなく、いつも仲良しの4人組。確かに彼らの屈託のなさは、辻村作品の主要人物としては珍しい。

「実際に島の子たちが部活に参加できないという話を聞いた時に、一気に島の高校生たちの生活がリアルに想像できるようになりました。いつも一緒に行動していて、毎日がダブルデートのような4人ですね(笑)」

 それぞれの人物造形に関しては、

「今までに書いたことがあるようでない子たちにしました。新のような、自分が書いたものが盗作されたのに喜ぶような気のいい男の子はこれまでだったら書けなかった。朱里のようなのびやかな子も今までは私のなかでは悪とされていましたが(笑)、そののびやかな部分を肯定的に書きました。衣花のように悪意に聡くはあるけれど目くじらを立てない子も、私の小説では珍しいです。源樹にしても、今までだったらもうちょっと熱い子として書いていたと思いますが、案外冷めていますよね」

島の人間模様、そしていくつかの謎

 彼らはある日、フェリーで見知らぬ男から島には“幻の脚本”があると聞かされる。何も心当たりのない4人だったが……。ミステリ作品を書いてきた辻村さんらしく、ところどころに謎や伏線が仕掛けられているのも読みどころだ。

「ずっとミステリを愛して書いてきた身としては、その要素は外せないと思いました」

 幻の脚本の謎はやがて少年少女をちょっとした冒険へと導き、意外な出会いも用意されている。これは辻村作品愛読者なら驚くはず。

「読者の方に楽しんでいただきたいという気持ちと、自分の中でも書いておきたいことがあって、サプライズも用意しました」

 もちろん、本書が初の辻村作品という人でも問題なく楽しめるのでご安心を。

 小さな謎やトラブルが発生し解決していく過程で、親の世代、祖父母の世代たちの思いも伝わってくる。村長と朱里の母親たちの間にちょっとしたもめ事が生じるなど、自治体の運営における人間関係の問題なども浮かび上がってくる。

「実際に地域活性デザイナーの方と出会ったことが大きかったですね。地方都市は今、よそ者を排除するといった、ステレオタイプの田舎のままでは生き残れなくなってきている。UターンやIターンを受け入れていることや地域活性の取り組みについて、いろいろお話をうかがうことができました」

 島の母親たちが使っている母子手帳を登場させたのも、その出会いがもたらしたもの。冴島で使われている母子手帳は、身長や体重といったデータだけでなく、こどもたちが成長した時に贈るために、親がメッセージを書き込めるようになっている。

「地域活性デザイナーの方が広告代理店の人たちと親子健康手帳を作って各自治体にプレゼンしていて、実際に採用しているところもあると聞いたんです。島の親にとっては大事なものだなって思いました。というのも、大きな高校のない島のこどもたちのほとんどは、高校を卒業すると同時に島を離れてしまう。親たちは自分のこどもと一緒にいられるのは十数年間しかないと分かっているんです。だから短い期間を大事にして、いろんなメッセージを書き留めておくんですよね。そうした母子手帳の話が印象に残り、それを小説のなかに書こうと思ったのは、ちょうど自分も人の親になろうとしている時期だったためかもしれません」

 島が舞台だからこそ、家族はいつまでも一緒にいられる存在ではない、ということが実感をともなってくるのだ。高校や大学がないだけでなく、島のなかでは仕事だって限られているのだから。生きていくために故郷を離れなければならない場合だってある。

「出ていく人に対して“故郷を捨てた”とは誰も言えない。仕方のないことなんです。でも、そういうものだと割り切るような強さが島の人たちにはある。その一方で、家業を継ぐために地元に残らなければいけない若い人のことを“都会に行けなくて可哀相”と決めつけることもできないですよね。実際にその人がどう感じているのかは、他の人には分からないのだから。みんなそれぞれ違う価値観を持っているんです」

 冴島が火山のある島だという設定も注目すべき点だ。かつて噴火が起きて、人々は避難のために島を離れたことがあったという。家族や周囲の人間ともこの土地とも、島の人々はいつか離れなければならない可能性を感じながら関係を育み、慈しんでいるのだ。そう考えると、オビにも使われている〈別れる時は笑顔でいよう〉という言葉も重みを増してくる。これは新の父親の考え方だが、

「数年前に編集の女性と打ち合わせをしていた時、その方のお父さんが、家族同士どんなにケンカをしても、家を出る時は笑顔で“いってきます”と言おう、それが最後になるかもしれないから、という考えの持ち主だった、という話を聞いて。すごく心に残りました。昨年そのお父さんが亡くなったという知らせをもらったのが、ちょうど新の話を書いている時でした。オビの言葉は私が選んだものではないのですが、この言葉が使われているのを見て、ああ、お父さんの考え方がこの小説を支えてくれていたんだなって改めて思いました。その編集の方とお父さんに感謝しています」

タイトルはある歌から生まれた

 タイトルの『島はぼくらと』は、実は辻村さんの大好きなあの漫画家の作品が絡んでいる。小説内では、朱里たちが小学校の卒業記念として堤防に描いた文字が「海はぼくらと」ということになっているが、

「『ドラえもん』の映画原作のシリーズ、『大長編ドラえもん』には映画で使われる歌の歌詞も載っているんですが、第四巻「のび太の海底鬼岩城」のエンディングテーマのタイトルが『海はぼくらと』なんです。作詞は武田鉄矢さんです。小さい時から聴いていてなじみがあった曲なので、朱里たちが描くスローガンに使いました。その後、いざ小説のタイトルを決める時に、改めていい言葉だなと思って。“と”がつくと、その後に続く言葉って明るいイメージなんですよね。“海はぼくらとともにある”“海はぼくらとともに生きていく”というように連想できる。タイトルに“島”という文字は入れようと思っていたので、これはもう“島はぼくらと”しかない、と思いました」

 島とともに生きながら、肩肘張って闘うのではなく、関係や情況にしなやかに寄り添って生きる人々を描いた本作。最後には著者が「明るい涙を流してもらいたかった」という通り、嬉しくて心が震えるような結末が待っている。

「今回、初期の頃に戻った作品を書いたつもりが“今までと全然違う小説ですね”と言われるんです(笑)。みなさんいい意味で言ってくださっているんですけれど。嬉しかったのは友達からの“螺旋階段を上っているみたいだね”という言葉。一周して同じ位置に戻ってきたけれど、元いた場所よりまた一段高いところにいる、って。それは自分でもしっくりきました」

 現在は雑誌『an・an』に連載中の「ハケンアニメ!」がちょうど折り返し地点を過ぎたところ。今後の執筆活動については、

「初期のようなものが読みたいという読者のなかには、ミステリ色の強いものがいい、という方もいてくださる。自分でも、またミステリの形式をとったものも書きたいなと思っています。『ぼくのメジャースプーン』のように、ある問題についてつきつめて考えてるようなことをしていきたいです」

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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