アンケート






  第50回  仙川 環さん
  誰にでも起こるかもしれないことを書きたい。
   読んでいる人が主人公になるかもしれない身近なテーマで。






いまもロングセラーを続けているミステリ『感染』で第一回小学館文庫小説賞を受賞し、作家デビューを果たした仙川環さん。元新聞記者という経歴を生かした緻密な取材から現代医療が抱える問題に鋭く切り込んだミステリは、多くの読者の支持を集めている。受賞デビューの直後から仙川さんの作品を熱心に展開してきた明正堂アトレ上野店増山明子さんと啓文堂書店高尾店下田尾純さんが、仙川作品の魅力を本人へのインタビューで解き明かす。




新型インフルエンザはテーマにしない


増山……デビュー作の『感染』は発売当時、私の書店には8冊しか入荷がなく、お店の目立たない所に置くしかなかったのですが、すぐに売れてしまったんです。追加で頼んだ20冊もあっという間になくなりました。どうしてこんなに売れるのかと、さっそく『感染』を読んでみたら、話の展開がスピーディで作品世界にぐんぐんと引き込まれました。やはり書かれるときは細かいところまで決められているんですか?

仙川……小説を書き始める前に大まかなプロットは一応考えておきますが、書いているうちに変わってしまうことも多いのです。でも話の流れが変わってきたとしても、あまり気にしないようにしていますね。

下田尾……『感染』の主人公・葉月はウイルス研究医として働いていて、とても頭の切れる女性ですが、物語の中心になるはずの葉月が警察に追われたり、どこか情けないような感じがしました。事件を解決していくはずの主人公がこれで大丈夫なのかな? と心配になるほどで、非常にユニークな設定ですね。

仙川……葉月は女性としての自分に自信がなさ過ぎるんですよね(笑)。『感染』のストーリー展開上、主人公は引っ張り回されるタイプの人間が必要だったので、葉月の性格は頼りないものになってしまいました。

増山……主人公の性格は、ストーリーありきで性格が決まるんですか? それとも最初からこの主人公を動かしたいという意図があるのでしょうか?

仙川……いつも頭の中に、主人公の人物像が何パターンかあります。またストーリーも何パターンか用意してあるので、このストーリーだったらこういうタイプの登場人物がいいと、両方をマッチングして決めていきますね。

下田尾……最後に犯人がわかったとき、法律的にいけないことだとしても、「犯人はこうするしかなかったのかもしれない」と切ない気持ちになりますね。

仙川……単純に犯人が悪いという結末だと小説としては面白くないんです。もし自分が犯人と同じ状況に陥ったならば、自分もやってしまうかもしれないと読者に思わせるのが、ひとつの狙いでもありました。『感染』に限ったことではないんですが、社会のルールと個人のルールが必ずしも一致しないことが世の中では起こりますよね。そこがわかりやすく伝わるようにテーマを選んでいます。

増山……店頭に本が並ぶときと、実際にニュースで同じようなことが話題になるタイミングが合っていて、いつも「仙川さん、すごい」と思っていました。これは偶然ですか?

仙川……これからくるだろうなあと思う医療問題を意識して選んでいます。逆に最近問題になった新型インフルエンザは、自分の小説が刊行される前に流行のピークに至ると予想していたので、手を出さずにいました。



つまんないと思ったら全部一度捨てる


増山……二作目の『転生』はフリーライターをしている岬という女性が主人公ですが、彼女はとても気が強くて、岬のパワーに押されっぱなしで読みました。

仙川……この作品にはちょっと後悔しているところがあって、「この岬は自分をモデルにしてるでしょう」ってよく言われるんですよ。私はこんなに強くないですし、それは勘弁してくださいって感じです(笑)。

下田尾……元新聞記者という経歴まで岬と一緒なので、とくにそう思われるのかもしれませんね。

増山……岬は報酬欲しさに違法だと知りつつ自分が提供した卵子から生まれた子供を押し付けられることになります。「絶対に真犯人を見つけてやる!」と伏線にも注意して読んでいたのですが、なかなか犯人を探すことができず、岬と一緒に事件に振り回されてしまいました。途中まで書かれていて「これはダメだ」と最初からやり直されることはありますか?

仙川……そういう場合もありますね。「なんかつまんない」と思った時は途中まで書いていたのを全部一度捨てて書き直します。つまらないと判断した原稿を取っておこうと思うとダメなんですよね。

下田尾……『終の棲家』も社会部の新聞記者をしている智子が主人公で、仙川さんの経歴からするとつい重ね合わせてしまいますね。

仙川……これも自分をモデルにしているのか、といわれてしまう小説です。でも、私はこんなに空気を読めないタイプじゃないですよ(笑)。

増山……最初は高飛車な智子に共感するのが難しくて好きになるのが大変でしたが、作品のなかで智子が成長していく姿がとてもよかったです。仙川さんが描く女性たちはみな美人で頭がよく、行動力もある人たちが多いですよね。

仙川……あまり登場人物の容姿に拘ってはいないんですが、事件に巻き込まれても自分で解決していく人たちが理想だと思っているので、必然的にそうなりますね。

下田尾……同僚たちとうまくいかず、記事もなかなか新聞に載せてもらえない。ダメ記者の智子が社会部で揉まれていくうちに、最後は応援したくなるような女性になりました。

仙川……でもそういう主人公はゼロがプラスになるというよりは、マイナススタートのものがやっとゼロになった感じですよね(笑)。『転生』や『終の棲家』を書いていたころは、新聞社を辞めたばかりで自分の気分がとげとげしかったんです。小説を書かないと生活できないというプレッシャーもありましたし、これからどうなるんだろうという気持ちもあって、そういう部分が主人公たちに出てしまった気もします。

下田尾……私の父も新聞記者をしていて、当時はあまり仕事の話をしてくれなかったのですが、やはり生活が不規則だったんです。この作品を読むと新聞は記事の差し替えなど、急な変更も多く、家に帰ってこられなかったのも納得しました。新聞社の内情もわかる小説で、仙川さんご自身の過去の経験を活かしたものが詰め込まれているように思いますが、新聞社を舞台にしたミステリにされたのは何故ですか?

仙川……この小説は新聞社を辞めてすぐに書いたものです。記憶が生々しいうちに一度書いておいたほうがいいと、担当編集者からの勧めがありました。ひどい上司なども出てきますが、とくに誰かをモデルにしているわけではありません(笑)。

下田尾……取材をするうちに智子は老人医療という重いテーマと向き合っていきます。私の両親も70歳を過ぎてることもあって、『終の棲家』は本当に身につまされる作品でした。

仙川……誰にでも起こるかもしれない、ということを書きたいと思っています。遠い別世界の話ではなくて、「明日、あなたがこの主人公になっちゃうかもしれない」という身近なテーマを選んでいます。

増山……作品を読み終えてさらにこのタイトルに込められた深い意味がわかりますよね。犯人の動機は許されるものではないのですが、犯人のマスコミに対する考え方にも考えさせられるものがありました。

仙川……自分の新聞だけ小さい問題を取り扱っていたら、他社との競争に負けてしまうので、みんなが関心を持つニュースはちゃんとフォローしていかなくてはなりません。そうすると地味な問題を取り上げることができなくなるんです。他社との競争にも勝たなくてはいけないと思うと、どうしても読者にウケるニュースに集中しがちになってしまう。そのあたりは難しい問題ですよね。

下田尾……会社員なら誰でも納得できるような社内の派閥のことなどにも触れられていました。新聞社内での出来事に智子と一緒に巻き込まれていくかのように読みましたが、また新聞社を舞台とした作品を書かれる予定はおありですか?

仙川……智子のような真面目な新聞記者の話よりも、ちょっと抜けている新聞記者を主人公に今度は書きたいですね。世間の人が持つ新聞記者のイメージは、ジャーナリスティックで正義のことを常に考えて仕事をしている感じだと思うのですが、全然そうでもなくて 新聞記者にはサラリーマン感覚の人も多いんですよ。



今有り得ないことでも数年後には可能になる


下田尾……最新刊の『再発』は実家の医院を継いだ主人公の真澄がホームレスの男性を診るところから事件が始まります。世間話をしに病院にくる患者さんがいるような長閑な田舎で、次々と原因不明の病気で亡くなる患者が出てくる様子が本当に怖かったです。

増山……『再発』はテレビドラマになってもいいくらい面白い作品です。完璧なミステリ小説で、仙川さんは一作品ごとに完成度があがっていますね。今回は恋愛も絡んできていて、登場人物のキャラクター像にも深みが増していました。

仙川……この『再発』の構想自体は書きあげる1年くらい前からありました。もっとスケールの大きいパニックサスペンスのような小説にしてもよいような題材でしたが、この形で落ち着いてよかったと思っています。

下田尾……田舎を舞台にされたのがまたうまく物語にハマっていましたね。病名が判明し公表したところ、町全体がパニックに陥るようなシーンがありました。

仙川……真面目な人ほどテレビの報道などに過剰に反応してしまうところがあると思います。まずい発表の仕方をしてしまうと収拾のつかないことになりますし、だからといって隠すのも駄目。バランスをうまく取れる人が仕切らないと大変なことになりますよね。

増山……仙川さんの小説を読むと医療や病気のことに詳しくなるので、とても勉強になります。一つ一つのテーマについて自分のなかで注目度が高まっていきますし、社会に興味がますます湧きます。読んで終わるだけじゃなく、まるで自分が調べたかのように知識が残っていくんですよね。

仙川……私が書く小説には絶対に有り得ないものも部分的に含ませていますが、それは今有り得ないだけで、数年後には技術的に可能になるかもしれないと自分では思っています。普段新聞を読んでいて、これは小説として使えるなあと思うものが結構あるんですよね。

下田尾……それは以前新聞記者をやっていたときに培われた「勘」によるものですか。

増山……書店員が本を見て「これは、絶対売れる!」と思うのと同じでしょうか。

仙川……そうかもしれないですね。ちなみに書店員さんが本のカバーを見ただけで、ビビッとくるというのにはなにか法則があるんですか?

増山……カバーを見てタイトルが目立っている本には反応しますね。『感染』はタイトルもカバーもよくて、読んでから思い切って50面展開をしましたし、これはくるっていうのはわかると思いますよ。

仙川……書店はある意味、ひとつのメディアだと思うんです。どう本を紹介していくかというのは、その書店の書店員さんにかかっているんですよね。

増山……文庫担当の書店員としては、仙川さんの作品はどれも文庫書き下ろしで本当にありがたいのですが、8月に創刊される文庫サイズの文芸誌『STORY BOX』で仙川さんも小説を書かれるそうですね。

仙川……今回初めて連作の短篇小説を書くことになりました。薬をテーマにしたミステリ小説で、タイトルは『誤飲』といいます。

増山……仙川さんの小説はお客様にも面白いと言っていただけて、うちの書店は仙川さんのご当地のようになっています(笑)。これからも応援していきます。

仙川……ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。





(構成/松田美穂)



仙川 環(せんかわ・たまき)
1968年、東京都生まれ。大阪大学大学院医学系研究科修士課程修了。大手新聞社で医療技術、介護、科学技術などの取材をしながら小説を書き、2002年に『感染』で第1回小学館文庫小説賞を受賞し、作家デビュー。その後は執筆活動に専念。ほかの作品に『転生』『繁殖』『ししゃも』『終の棲家』などがある。