アンケート







  第36回 五十嵐貴久さん
  読者を怖がらせる作家だと思われていますが、
  実はそうではなくてホームドラマ作家なのです。



いまを舞台にしたサスペンス小説や、史実に基づいた時代小説など、さまざまな小説を書き分け読者を魅了し続けている五十嵐貴久さん。五十嵐さんの作品を愛読する三省堂書店京都駅店中澤めぐみさんと恵文社バンビオ店大瀧彩子さんが、その多彩な創作の秘密に迫った。





キューブサットに魅力は感じていません


中澤……実は以前、「きらら」の小普連コラムで、『2005年のロケットボーイズ』について書かせてもらったのですが、キューブサットをつくっている高専の学生たちの、ストレートな青春の熱さが素敵でした。野球やサッカーを通して描かれたスポーツ系青春小説が数多くある中で、文化系、それもキューブサットなんて異色な題材を扱っている。しかもそれが読んでいるこっちまでどんどん熱くさせるんですよね。

五十嵐……雑誌の「DIME」で、高校生がキューブサットの実験をしている記事を読んだんです。これを題材にした小説はどうかと担当編集者さんに話したところ、東京のある高専を調べてくれたので、すぐ取材に行きました。軽いノリで行ってみたものの、学生たちがひたむきにキューブサットをつくる姿には感心しましたね。

大瀧……どのキャラクターも生き生きと描かれていますね。学校に居場所がない落ちこぼれの子や、物事に熱くなるのが格好悪いと思っていた子たちが、サットを飛ばすことに夢中になっていく様子がよかったです。五十嵐さんは取材をされてキューブサットに魅力を感じられましたか?

五十嵐……僕自身は正直言ってキューブサットそのものには魅力を感じていません(笑)。取材をしたときにリーダーだった3年生の子が、いまつくっているキューブサットができるのは5年後だと言っていました。キューブサットが飛ぶころには自分は卒業してしまうのに、それでも必死でやっている姿が眩しかったです。

大瀧……小説では初めはそこまで仲がよくなかったメンバーが少しずつひとつに団結していく様子がよかったです。五十嵐さんご自身も学生時代になにか熱中されたものはありますか?

五十嵐……一応クラブ活動はしていましたが、彼らほど真剣になったものはなかったです。何かに対して真剣になったり、むきになったりすることは、年を経るごとに減ってきますが、そういうことへの憧れもこの作品では書きました。

中澤……学生時代に熱中していたものをやめ大人になると違う道に進む物語も多いですが、この『2005年のロケットボーイズ』では高専を卒業後も夢を諦めずにいるのがいいですね。

五十嵐……それはたぶん『1985年の奇跡』の反動だと思います。こちらでは野球を扱っていますが、彼らはその後一切野球をしませんから。



ダメ人間でも一瞬戦えるチャンスがくる


中澤……『1985年の奇跡』はタイトルどおり1985年を舞台にされていますが、リアルタイムでその時代を知らない私たちでもとても楽しめました。どの時代でも男の子たちは相変わらず子どもっぽくてかわいい。どうしてこの1985年を小説として、切り取られたんですか?

五十嵐……この小説では、「夕焼けニャンニャン」をやりたかったんです。1985年に僕は出版社に入社したのですが、ちょうどその年にTVで「夕焼けニャンニャン」が始まったんです。86年から「夕焼けニャンニャン」の担当になり、本もつくりましたし、僕自身「夕焼けニャンニャン」に思い入れがあります。当時が青春時代だったという人も多いと思うんですよね。85年には阪神も優勝していますし、いろいろな偶然が重なって、この年を舞台にしました。

大瀧……野球をやるスポーツマンの高校生たちが出てきますが、ピッチャーの男の子以外モテそうもない子たちですよね。みんな、女の子のことばかり考えている姿が微笑ましかったです。

五十嵐……中学・高校時代の男の子は女の子のことしか考えてないんですよ。しかもモテないやつほどそうなんです(笑)。

大瀧……野球少年を描かれていますが、やはり五十嵐さんも野球がお好きですか?

五十嵐……よく聞かれますが、基本的に野球は好きではないんです(笑)。一番好きなスポーツは格闘技。小説ではダメ人間たちがどのようにダメ人間でなくなっていくかを書きたいんです。ダメな人間でも、一瞬戦えるチャンスが絶対くる。そこを逃さずにどう立ち向かっていけるか。それを書くための題材選びの末の野球だっただけなんです(笑)。サッカーは11人、ラグビーは15人と登場人物が多い。バスケは5人、バレーは6人。これだと少ない(笑)。なぜ野球だったのかといわれると、人数がちょうどよかったからですね。

中澤……「今までの五十嵐さんの作品と全く違うので、読んでください」と、この作品は営業担当の方に薦められたんです。五十嵐さんのデビュー作の『リカ』も読んでいたので、こういう青春小説を書かれるとは本当に意外でした。

五十嵐……ホラーサスペンス大賞でデビューしていますから、読者を怖がらせる作家だと思われていますが、いまはホームドラム作家です。ホラーサスペンス大賞でデビューしたため、各社からホラー小説のオファーがきましたが、全て断りました。ホラーは怖くて書けません(笑)。よほどの理由がない限り、もうホラーは書きません。



内容は明るくても文章はシリアスに


大瀧……『シャーロック・ホームズと賢者の石』はまずタイトルが印象的でした。この作品はほかの五十嵐さんの小説とも毛色が違っていますし、ノベルスで刊行されていますね。

五十嵐……タイトルは珍しく担当編集者さんと争いになりましたね。「シャーロック・ホームズの話なのに、どうしてハリー・ポッターがタイトルに入ってくるのか」と編集者さんにシリアスに受け止められて、「全部笑いの要素なんです」と説明した記憶があります。

中澤……シャーロック・ホームズと聞くと、どうしても本格ミステリを連想しがちで、この作品も気を引き締めて読み始めたんですが……、まさかこんなにギャグ満載の小説だとは思いませんでした。

五十嵐……内容は明るいのですが、文章はシリアスに書いています。二つめの短篇「最強の男――バリツの真実」では、ブラジルの格闘家のグレイシー・ファミリーのことを題材にして、初めて自分が好きな格闘技を小説の形にしました。「シャーロック・ホームズ」シリーズで、シャーロックが「バリツ」という「東洋武術」の心得があったことになっていますが、「バリツ」はブラジルの「バーリ・トゥード」(ポルトガル語で「なんでもあり」の意)という禁じ手のない格闘技のことだと、僕は思っているんです。そのことにも触れてみました。



僕は偉い人に遠くから石を投げたくなるタイプ


中澤……『安政五年の大脱走』では、登場する男性たちが魅力的でした。主君への忠誠心があり、一本筋がとっている男前ぶりがいい。恋に盲目すぎる井伊直弼が出てくる時代小説なんて、いままで読んだことなかったです。年齢のわりに井伊直弼がちょっと純情すぎるような気がしたのですけれど……。

五十嵐……作者である僕の人間性が登場人物に出ているんですよ。40歳を過ぎても、20代のアイドルに恋したいんです(笑)。この作品は、江戸時代の安政五年を舞台にしていますが、その時期は井伊直弼という絶対権力者が支配している、いまでいう「格差社会」。僕は偉い人をみると遠くから石を投げたくなるタイプなんです。絶対弱者たちが武器を持たずに、心をひとつにしてチームワークで戦っていく姿が僕はとても気にいっています。

中澤……唯一のヒロインである美雪姫が、実は男性よりも頼もしいんですよね。脱走が完了したあとには、井伊直弼には気の毒さも覚えるんですが、実に爽快でした。

大瀧……井伊直弼が絶対的な悪役ではなくて、自分自身も身分差のために恋を諦めたことがある悲しい人間として描かれているのがよかったですね。魅力的な男性キャラクターが多いですが、五十嵐さんと似ている登場人物は小説のなかに登場しますか?

五十嵐……この『安政五年の大脱走』に出てくる男たちよりも、『2005年のロケットボーイズ』の梶屋のほうが自分のアイデンティティに一番似たものを感じますね。勉強ができない、運が悪い。自分でやろうと言ったものの、いざ始めてみると自分がなんの役にも立たないことに気づく。そういうところにシンパシーを感じます。



恋愛小説は「障害」が大きければ大きいほど面白くなる


中澤……新刊の『年下の男の子』を早速読みました。年上の川村さんに恋をする児島くんがよかったです!! 現実の新入社員はまだ学生の雰囲気もあって弟のように感じるんですけど、児島くんはしっかりしていていいですよね。14歳も年の離れた川村さんに「僕たち、お似合いだと思いませんか?」と言い切るあたりがすごくかっこいいです。私もおムコさんにほしい!! 川村さんがうらやましすぎます。

五十嵐……児島くん、そんなにいいですか!? おかしいなー、児島くんも僕のなかではバカな男の子の代表なんですよ。児島くんは、「結婚を前提に」とか「親に紹介したい」などと川村さんに言いますが、それはもう子どもの論理だと思うんですよね。

大瀧……自然体で好きと言えるところがいいんですよ。いままで五十嵐さんが描かれていた男の子たちは、女性全般のことを考えていますが、児島くんは川村さんのことしか考えていないことが好感を持てました。

五十嵐……なるほど。これからは僕も自然体でいこう(笑)。僕の知人に女性のほうが年上の、12歳離れた年の差カップルがいるんですが、それくらい年が離れていると毎週何かドラマが起こるんですよ。この小説も友達関係のことまで広げていけば、どんどん膨らむ話ですが、あえてコンパクトにまとめてみました。

大瀧……川村さんの引越しを児島くんが手伝うエピソードを入れ込んだのが、うまいなあと思いました。そういうとき女性は絶対に男手がほしいですし、てきぱきと作業をしてくれて、弟とも仲良くなるなんていいですよね。川村さんが相手だと、単に仕事ができるだけではアピールポイントにはならないですし、川村さんが児島くんに惹かれたのも納得です。

中澤……児島くんに惹かれながらも、別れたあとのことまで想像してしまうのは、女性の心理として現実的で迫るものがありました。どうして年の差カップルの話を書かれようと思ったんですか?

五十嵐……恋愛小説を突き詰めて考えてみると、結局は「障害」が大きければ大きいほど面白くなる。「ロミオとジュリエット」のようなパターンは使い古されていますが、「障害」を乗り越えたうえで、二人がうまくいけば至高の愛なんですよね。不倫や近親相姦やいろいろなタブーを考えましたが、どれもピンとこなかった。ずっと考えているうちに、10歳以上離れていて、女性の年が上だというのは立派な障害になりうると思いました。将来を考えたときに、両親との問題も色濃く出るはずです。

中澤……確かに14歳も離れていると、児島くんのご両親と川村さんのほうが、年齢が近いですよね。ご両親といえば、川村さんが児島くんのご両親に言った言葉が男前でかっこよかったです。

五十嵐……これからはそういう時代だと思います。「幸せにしてほしい」ではなく、「幸せにしてあげるよ」と、女性のほうから男性に言うようになるんじゃないかな。

大瀧……これから先の二人が気になりますね。埋められないジェネレーション・ギャップもあるでしょうし、川村さんが40歳目前になるとまた鬼気迫るものがあるようにも思います(笑)。



書店員さんには頭が下がる思いがします


きらら……今後のご予定を教えてください。

五十嵐……年内に2冊ミステリ小説を出します。常に新作の執筆を、3本くらい抱える状態ですね。

中澤……恋愛、青春、ミステリ、ホラーとひと通り小説を発表されていますから、これからどんなジャンルの小説に手を出されるのかとても興味があります。

大瀧……どの作品も読んだあと、前向きな気持ちになれますので、これからもどんな小説を読ませていただけるのか楽しみです。

五十嵐……ありがとうございます。出版社で働いていたころは、営業もやっていて書店まわりもしていました。書店員さんの仕事は、接客や棚づくり以外にも、僕たちから見えないところでやらなくてはいけないことも多く、大変なお仕事ですよね。いま潰れてしまう書店も多いなか、出版業界は本屋さんの熱意によって、ぎりぎりのところで成り立っていると思います。めげずにやっていらっしゃるみなさんには本当に頭が下がる思いがしますね。僕の本には、必ず自分のメール・アドレスも入れていますので、なにかご要望があればなんでも引き受けます。これからもどうぞよろしくお願いします。


(構成/松田美穂)



五十嵐貴久(いがらし・たかひさ)
 1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業後、出版社に入社。2002年『リカ』で第2回ホラーサスペンス大賞の大賞を受賞しデビュー。以来、サスペンスや時代物のエンターテインメント小説を多数発表。著書に『交渉人』『Fake』『TVJ』などがある。
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