アンケート







 第29回 佐藤友哉さん
  昔から作家になりたかったわけでも、
    本が好きだったわけでもなかった




 『1000の小説とバッグベアード』で三島由紀夫賞を受賞し、いま注目を集めている書き手のひとり、佐藤友哉さん。デビュー当時から佐藤さんを愛読するブックファースト渋谷店林香公子さんと、ときわ書房聖蹟桜ヶ丘店高橋美里さんが、佐藤さんに創作秘話を訊いた。





ここしかなくなってメフィスト賞に応募


きらら……まずはデビューの経緯を教えてください。

佐藤……「きらら」のバックナンバーを見させていただいたのですが、ほかの作家さんがデビューの経緯を明瞭に語られていて、「まずい!」と思いました。いままでこの質問にまともに答えられたことが一度もないんです。「原稿を送ったら受賞した」としか言えません。昔から作家になりたかったとか、本が好きだったわけではありませんでした。端的に言えば、アルバイトが長かったので、「バイトはもう嫌だから就職しよう」という気分でメフィスト賞というミステリー色の強い賞に応募しました。もちろん、実際に執筆を始めてからは、ほかの作家さんと同じような気持ちだったとは思いますが。

高橋……佐藤さんが受賞されたメフィスト賞が好きで、ずっと受賞作を読んでいました。佐藤さんの受賞作の『フリッカー式――鏡公彦にうってつけの殺人』はとくにこの賞でデビューする必然性を感じましたね。

……当時、小説のいろいろなジャンルで、新しい流れに期待が高まっているなか、それに応えるように佐藤さんがデビューされたんです。読者としても書店員としても衝撃的でしたし、いまでも書き続けているのがすごいです。

佐藤……北海道という田舎で育ったこともあってか、時代の空気があまり読めない人間でして、かといってまるで読めないわけでもないので、それほど考えすぎずに書いたのが結果的にうまくいったのだと思います。

高橋…….私は佐藤さんと歳が近いこともあり、『フリッカー式――鏡公彦にうってつけの殺人』はとても面白く読めたのですが、当時は評価が分かれましたね。

佐藤……デビューしていきなりバッシングを受けました(笑)。世の中にはもっとすごい賛否両論の問題作を書かれた作家さんも多いので、それを自慢できるほどではないのですが、『フリッカー式――鏡公彦にうってつけの殺人』はそこそこ叩かれ、話題にもなり、読者の方に小説を認識されたのは結果的にせよ嬉しいですね。

きらら……文庫化にあたって自身で読み返されて、当時の読者の反応を再認識されましたか?

佐藤……読み返した感想は、「こりゃ、売れないわな」でした。王道に腹が立って仕方なかった人間の小説ですね。小説に限らず、映画や漫画でも、王道を外すテクニックは見受けられますが、『フリッカー式――鏡公彦にうってつけの殺人』は、テクニックではなく切実にやった感覚があります。ここで読者を裏切る必然性がないとか、ここで登場人物を殺す理由がないとか、そういう展開のオンパレード。若いからできた部分もあるのでしょうが、デビューできてよかった(笑)。

……そもそもなぜメフィスト賞に応募されたんですか?

佐藤……当時は文芸誌を読んだことがなかったので文学の新人賞をまったく知らず、ライトノベルの賞に応募しようと書いてみたこともありますが、自分には無理なことにすぐ気づいてあきらめました。そんなとき、メフィスト賞の母体である「メフィスト」という雑誌を偶然見つけて、そこで原稿を募集していることを知りました。僕はあまり本を読まなかったのですが、講談社ノベルスだけは別で昔から読んでいたので、そこでなら自分の小説を出せると確信しました。「メフィスト賞に送るのが一番よい」というよりも「ここしかないな」という感じでしたね。



いまだに短篇の書き方がわからない


……『子供たち怒る怒る怒る』は、タイトル自体にもインパクトがありますね。思いついた言葉など、ネタなどはメモされていますか?

佐藤……いや、ネタ帳なんて恥ずかしくて(笑)。それから取材旅行に関しても、恥ずかしさに似た抵抗があって、いまだにしたことがないですね。自分の死後、なにかの機会にそういうものが表に出てしまったら寒いですし。『子供たち怒る怒る怒る』には、タイトル先行で書いた短篇もいくつか入っています。タイトルの付け方にルールは特にありませんが、大体3パターンくらいで、すべてまかなっています。

高橋……この作品集は短篇と中篇が収録されていますが、私は「リカちゃん人間」が一番好きですね。

……私もそうですね。佐藤さんは長篇作品を多数発表されていますが、短篇と長篇ではどちらが書きやすいですか?

佐藤……短篇は『子供たち怒る怒る怒る』に収録されているものと、サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』をもじったシリーズくらいしか書いたことがないのですが、いまだに書き方がわからないですね。落とし所や終わり所が比較的自由な長篇のほうが書きやすいという印象があります。ハードカバーで刊行するには薄くしたほうがよいので、最近は分量をコントロールしなければなりませんが、意味もなく分厚い新本格ミステリーをまた書きたいなと思っています。

高橋……読後感を意識して書かれていますか?

佐藤……意図的に嫌な感じに書くことはありますが、そのままの意味で受け取られて怒られることがあります。細工したボールでフォークボールを投げて、「ダメでしょっ」とたしなめられるつもりでいたら、真顔で怒られた感じです。今後はきちんと態度を表明します。



何事にも怒りが原動力の人生


きらら……『1000の小説とバックベアード』は三島由紀夫賞を受賞されましたね。

佐藤……『1000の小説とバックベアード』は執筆動機が特殊で、「新潮」から依頼をいただいたのですが、文学を書くのは恥ずかしいし、ミステリーを書くにしても、トリックの作り方すら忘れてしまったくらいに本格的に遠ざかっていたので、それも難しい。このままだと何も書けないんじゃないか、誰が悪いんだと、犯人探しをしていると、「小説」をふくむすべてが悪いのではと。小説を書いてる人間、小説を書けと依頼する人間、小説を読む人間、小説を売る人間、すべてが悪いのではと。それで、もしそうならこれは許せないという動機で書き始めたので、このような作品になりました。

……ある種の翻訳モノや本屋の棚でずっと売れ続けているメッセージや思想が詰まっている小説に近いものを感じました。佐藤さんは作家になることへの悩みも作品に書かれていますが、とくにこの作品には作家としての宣言があったように思います。

佐藤……結果的ですが、僕のほかの小説と種類が違っているのも、そうした箇所をメインにしているからですね。エンターテインメントとしての要素もうまく噛み合わさっていますし、いい塩梅で仕上がりました。

高橋……これを読んで、書くことってこんなに大変なのかと考えさせられました。『フリッカー式――鏡公彦にうってつけの殺人』でもそうですが、なにかに怒ってらっしゃいますよね。

佐藤……何事にも怒りが原動力の人生ですから(笑)。いままでの作品では怒りっぱなしか、怒って破壊して終わりでしたが、『1000の小説とバックベアード』に関しては、怒ったうえでどうしていくか、どうしたいのかというところを自分なりに描きました。デビューしたころから一貫して、皮肉だらけで解決のない小説ばかり書いてきましたが、たとえ第三者にとって納得のいくものではなくても、問題提起くらいできれば、あとに続くもっと頭のいい人たちが答えをみつけてくれると思い、いままでとは違ったパターンで書いてみました。



ミステリーを禁止して書いた小説


高橋……佐藤さんの作品は刊行順と執筆順が違いますよね。順番としてはすごく入り組んでいます。『灰色のダイエットコカコーラ』と最新刊の『世界の終わりの終わり』は執筆時期が2002年ごろでしたよね。

佐藤……『灰色のダイエットコカコーラ』の第一話は、西尾維新さんと舞城王太郎さんと編集者の太田克史さんとイラストレーターの笹井一個さんとの5人で、『タンデムローターの方法論』という同人誌を第1回「文学フリマ」に出した際に書いたものです。『灰色のダイエットコカコーラ』は、作家以前の、小説ではなく将来に悩む僕の問題を書いたので、一般的な「小説」らしいテイストです。

……最新刊の『世界の終わりの終わり』は、単行本化にあたって連載されたものより大幅に変わっていますね。

佐藤……すべて書き直しました。「ミステリーを禁止で」という依頼を、「新現実」の責任編集である大塚英志さんから受けて書きました。当時は刊行する本が順調ではなかったので、それと関連するような話にすれば、読者の方に楽しんでいただけると判断して、若い作家が小説を出せなくなったところから始まる話にしました。連載時では固有名詞や、読み返すと風化した問題があったので、そこは削ってエンターテインメントに変えました。

高橋……単行本を読み返してみると、当時の高揚感が自分のなかに戻ってきました。いまにも爆発しそうな情念がありますよね。

……私たちの仕事でも、欲しい本が入荷しないなど、どうにもならない状況があります。佐藤さんの作品を読むと、「同じように怒りを抱えている人がここにもいるんだな」と思えます。実際にミステリーを封印して書かれてみて、いかがでしたか?

佐藤……案外書けましたね。残念ながらもう死語に等しいですが、僕は新本格ミステリーの分野からデビューしたので、ミステリーの魂はあるつもりです。だけどフォーマットや様式美を何よりも重視するような本格原理主義者ではないので、極端なことをいえば、探偵なんて最後まで出てこなくていいとも、犯人なんて最後までわからなくていいとも思っています。そもそも、どんな小説にもミステリー的要素は入っているわけですからね。なので、ミステリーの縛りがないのは苦ではなかったです。むしろ、「群像」や「新潮」といった文芸誌との関わり方のほうが難しかった印象があります。昔は間違っても読まなかっ たような雑誌で書かなければならないので、どうしていいのかさっぱりで大変でしたね。今もまだ分かってはいませんが。



しばらくはノベルスをばんばん出す


高橋……『1000の小説とバックベアード』で「小説」について書かれた佐藤さんが、これからどういった作品を発表されるのか楽しみです。

佐藤……こうやって悟った人間は、ベタなものを書くようになるんですよ(笑)。最近までは原稿の直し作業に追われていました。原稿はそのときにしか書けないナマのものだから、恥ずかしくても改訂せずに本にするべきという意見を、作家になる以前にほかの作家さんのあとがきなどで目にしましたが、いざ作家になってみると、恥ずかしいと思ったものを出すことは勇気じゃないという気がしたんです。ですから、内容は変えませんが文章は書き直しました。『世界の終わりの終わり』を出版して、その作業も一段落ついたので、いまは新作を書いています。講談社ノベルスに戻れそうなので、ばんばん出してシリーズ完結を目指します。あと僕と島本理生さんの共作小説を講談社BOXから出します。「パンドラ」という雑誌の袋とじ企画で、冒頭部分が掲載される予定です。これは恋愛小説になりますね。現在の佐藤友哉の作風と、現在の島本理生の作風の流れがうまく噛み合わさっているので、「LOVEでDEATH」な感じの内容になります。

きらら……書店に回られることはありますか?

佐藤……いままではノベルスでの刊行が多く、売り方が単行本とは違ったので、書店を回ることはありませんでした。『灰色のダイエットコカコーラ』ではじめて書店を回ったくらいなので、書店回りはほぼ初心者ですね。

きらら……最後に書店のみなさんにひと言お願いします。

佐藤……いっぱい手書きポップを書いてください(笑)。そして、今後ともよろしくお願いします。



(構成/松田美穂)



佐藤友哉(さとう・ゆうや)
 1980年生まれ。2001年、『フリッカー式――鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞を受賞しデビュー。07年『1000の小説とバックベアード』で第20回三島由紀夫賞を受賞。ほかの著作に『クリスマス・テロル――invisible×inventor』など多数。作家の島本理生さんは夫人。