アンケート






 第4回 伊坂幸太郎 さん
 僕の小説は話の本筋より寄り道的雑談部分がおかしみになっている

 
  2年連続で本屋大賞にノミネートされ、書店員さんからの支持もひときわ高い伊坂幸太郎さん。
  このところの活躍はミステリー作家という枠を飛び越え注目されており、新作も待望されている伊坂さんに、丸善(株)仙台アエル店の鈴木さん、ブックスみやぎの細川さん、紀伊國屋書店仙台店の猪股さん、そしてジュンク堂書店仙台ロフト店の佐藤さんが、これまでの作品の秘密を訊いた。
 




どんどん削って薄い本にしたい


鈴木........『オーデュボンの祈り』は文庫本になって、内容が少し変わり、単行本よりもスタイリッシュになっていました。

伊坂........文庫化するにあたって文章を全部書き直して、単純に短くしました。枚数的には200枚くらい削りましたね。1ページ目から全然違うので、2行ぐらい読めばわかると思います。『オーデュボンの祈り』はサラリーマンをやりながら「これでダメならどうしよう」と書いていましたね。

細川........主人公が逃げ込んだ島になかったものは「○○」(ネタバレのため伏せ字)でしたが、伊坂さんの中で「○○」は大きな存在ですか?

伊坂........映画だとすぐにバレてしまうけど、「小説」というものなら「○○」を隠すことができる。これを思いついたとき、自分では、「凄いな」と思ったんですけど、出版された当時は「だから、何?」っていう人も多くて(笑)、僕のそういう感覚と同じ人は世の中にあまりいないのかな、と寂しく思っていました。

猪股........『ラッシュライフ』も文庫化されました。

伊坂........これは文庫と単行本ではあまり変わっていませんが、もっと直せばよかったという気持ちも少しあります。僕が書くような作品は500枚超えると怠慢な気がしちゃって。読者もみんな忙しいでしょうし、自分で良いと思って書いた部分は、たいがい不要な気取りだったりするので、どんどん削って薄い本にしようと意識しています。かといって両方買ってほしいというわけではないので、みんなが納得できる形にしたいですね。

佐藤........文庫の『オーデュボンの祈り』と『ラッシュライフ』は、2つ並べてみると装幀の雰囲気がよく合っています。

伊坂........ふだんあまり装幀には口を出さないんですが、『ラッシュライフ』では何枚か絵を見せてもらって、好きなものを選んだりして楽しかったです。どちらもかっこいい装幀で本当に感謝しています。

細川........「エッシャー展」はアエルでやっていたので、「私、これ行ったよ」と思いながら読みました。

伊坂........いや、あれは別にアエルを想定していたわけでもないんですよね(笑)。というよりも、「エッシャー展」やっていたんですか? 知らなかったです。すごい偶然ですね。

鈴木........「アエルが出てる」とニコニコしながら働いちゃったり(笑)。

猪股........仙台を舞台にしているのに、実在しない地名を用いるのはどうしてですか?

伊坂........場所を特定してしまうと、仙台の人は具体的に思い浮かべちゃう心配があるので、ちょっと書くのが怖いです。「実際に在るところに、在るものがない」ように書いているので、違和感はきっともたれると思うんですけど、「これは、どこなんですか?」とはよく訊かれますね。重力ピエロ』の取材のときにも、「最後に出てくる小学校の前で写真を撮りましょう」と言われたことがありました。どこなのか僕はわからないんですが(笑)。



映像化できない部分が小説の力


佐藤........『重力ピエロ』は伊坂さんにとってどんな作品ですか?

伊坂........当時は、まだそんなに作家としての知名度が高くなかったのですが、とにかく、これを満足いく形に完成させたい、と本当に強く思っていて、仕事を辞めました。不安の塊でどうなるかわからない気持ちを抱えながら、一生懸命書き上げましたね。だから、僕にとってはそのときの不安な気持ちを含めて、青春小説というか、本当に特別な作品です。

猪股........最初と最後の「春が二階から落ちてきた」というフレーズは、書き始めたころから決まっていたんですか? ストーリーなどは初めから決めていましたか?

伊坂........最後が全然決まっていなくて、犯人も誰でもいいやと思っていました。割と全部そういう感じで書いてます。

全員........えーっ!! 

鈴木........ここに落とそうと思って書いてるんだと思ってました。

伊坂........書き進めていくうちに「犯人は彼しかいないし、最後の文もそこで終わるんだ」と思ったら、本当に完成させたくなりましたね。あと、映像化できない部分というのが、小説の力であり、楽しみだと僕は信じているところがあるので、「春が落ちてきた」というフレーズには、そういう気持ちも込めています。春が落ちてくる、というのは映像にはできないだろうな、と。

猪股........お兄ちゃんの後ろをついて行きながら一緒に事件を追っている感じで読みました。

伊坂........僕もお兄ちゃんについていくように書いたんですよ。「春から電話がかかってきた、じゃあどうしよう」「春が絵を描いているなぁ」とか、彼らがこれからどこへ行くのか、その日その日に考えていく感じでした。小説を書くときに1回設計図をつくっちゃうと、作品がつまらなくなるんです。そのおかげで何回も書き直したり、無駄も多いんですけどね。

きらら....病室でお父さんが、最後に言う台詞がいいですね。

伊坂........ あれは僕も好きです(笑)。最初は、そこのシーンだけの短編で書こうと思っていましたが、もったいないかもしれない、と長編にしました。話は変わるのですが、僕の書く小説は、何だか少し爽快で、ユーモアまじりではあるんですが、お話自体は、放火をしていたり、人を殺したり、と酷い話の場合が多いんですよね。だから、最近は、そういうものを読者がどういうふうに受け止めているのかは、不安だったり、おかしかったりします。雰囲気に騙されないでくれればいいな、と思ったりとか(笑)。ただ、現実社会の法律はあまり人を救わないこともあるので、小説の中でくらい、こういうことがあってもいいんじゃないかな、と思うことはありますけれど。

佐藤........伊坂さんは善と悪が気になっているんですね?

伊坂........ リスクを背負わない暴力は生理的に嫌なんですよね。絶対にやり返してこれない人に、暴力を振るったり、嫌がらせをしたり、とか。世の中に対するやり切れない気持ち、不公平感や不満がそのまま作品に出ちゃってるところがあって、恥ずかしいんですが。



やっぱり王道にはなにか意味がある


佐藤........ゴダールはお好きなんですか?

伊坂........ 好きですよ(笑)。ゴダールの作品は「なんでこんなに分からないんだろう」と思うのが好きなんですよね。抽象画を見てるみたいだし、時々はっとするくらい美しいシーンが出てきて、ゴダールは「芸術としての映画」を本当に信じているのかもしれないな、とか思えちゃいますよね。もしくは何にも考えてないのか、どっちかだな、と。作品に普遍的な記号を出したくなると、ボブ・ディランやビートルズを選びますね。昔はメジャーで売れているものに抵抗があって、ビートルズは聴かず嫌いだったんですが、聴いてみると「本当に参りました」という感じで純粋にすごい。やっぱり王道といわれているものには、何か意味があると思いますよね。ただ、友達に「おまえの小説売れてるらしいじゃないか」とか言われると、贅沢というかわがままなんですが、複雑な気持ちになったり。高校時代、「評判になったものや、メジャーなもの」を軽蔑していたところがあったので(笑)、当時の僕は、今の僕をバカにしてるような気がします。



ほとんどモデルをイメージして書かないが……


細川........『陽気なギャングが地球を回す』が映画化されますね。

伊坂........ 僕の小説は話の本筋より、それにかかわる寄り道的な雑談部分がおかしみになっているので、映像にするとどうなるのか楽しみです。このあいだ撮影を見学したんですが、作中の響野さんを佐藤浩市さんが演じられていて、僕は、響野さんみたいに饒舌な人間は実際に演じると白けてしまうのではないか、と恐れていたのですが、佐藤浩市さんが喋ると本当に説得力があって、恰好良くて、感激しました。

鈴木........ふだん書かれるとき、モデルがあったりするんですか?

伊坂........モデルをイメージして書いたりはほとんどしません。ただ、唯一、『アヒルと鴨のコインロッカー』の麗子さんが人を殴るシーンは、女優のりょうさんが本当にボクサーのようなフォームで男を殴ったら凄く恰好良くて、幻想的だろうな、と思いまして(笑)、そこから逆算して、登場人物とシーンをつくりました。とても美しいけれど、造形物的な感じもして、あの人は不思議な方ですよね。

猪股........この作品は伊坂さんの作品の中でもスカッと爽快に終わるのでよかったです。

鈴木........私、この強盗に入りたいと思いました。法で裁けないこともあるし、誰が正しいなんて一概には言えないことを学びました。

伊坂........「なにが正しいのかわからない」と思うと、謙虚になるというか、いろんなことを断定できなくなりますよね。でも、ときには白黒はっきり言うことも大切だと思っていて、そのときは相手がどう受けとるかを、考えたうえで言わなきゃいけない。人の考えを否定するときには覚悟がいる、と思っています。



『チルドレン』はいろんな人に読んでほしい


細川........『陽気なギャングが地球を回す』が映画化されますね。

伊坂........ 僕の小説は話の本筋より、それにかかわる寄り道的な雑談部分がおかしみになっているので、映像にするとどうなるのか楽しみです。このあいだ撮影を見学したんですが、作中の響野さんを佐藤浩市さんが演じられていて、僕は、響野さんみたいに饒舌な人間は実際に演じると白けてしまうのではないか、と恐れていたのですが、佐藤浩市さんが喋ると本当に説得力があって、恰好良くて、感激しました。

鈴木........ふだん書かれるとき、モデルがあったりするんですか?

伊坂........モデルをイメージして書いたりはほとんどしません。ただ、唯一、『アヒルと鴨のコインロッカー』の麗子さんが人を殴るシーンは、女優のりょうさんが本当にボクサーのようなフォームで男を殴ったら凄く恰好良くて、幻想的だろうな、と思いまして(笑)、そこから逆算して、登場人物とシーンをつくりました。とても美しいけれど、造形物的な感じもして、あの人は不思議な方ですよね。

猪股........この作品は伊坂さんの作品の中でもスカッと爽快に終わるのでよかったです。

鈴木........私、この強盗に入りたいと思いました。法で裁けないこともあるし、誰が正しいなんて一概には言えないことを学びました。

伊坂........「なにが正しいのかわからない」と思うと、謙虚になるというか、いろんなことを断定できなくなりますよね。でも、ときには白黒はっきり言うことも大切だと思っていて、そのときは相手がどう受けとるかを、考えたうえで言わなきゃいけない。人の考えを否定するときには覚悟がいる、と思っています。



『グラスホッパー』の評判で開き直れた


細川........『グラスホッパー』は読むのがもったいなかったです。読み始めたら絶対途中でやめられません。

佐藤........名前が判子で押してあるのもいいです。

猪股........伊坂さんの作品を一気に読んだんですが、いろんな話がほかの作品にも繋がっていて、それを発見するのが嬉しいです。

伊坂........最初のころ、僕の作品を読んでいる人はそんなにいなかったので、読者へのサービスというか、読んでくれた人に楽しんでもらおうと思って、繋がるように書いています。

佐藤........本棚に1冊増えるたびに、また新しく繋がっていく。CDを何年か経って聴くと新しい音に気づくような感じですよね。

伊坂........そういうふうになればいいなと思っています。僕は話が繋がっているのが好きだったので、楽しいと思ってやっていたんですけど、最近はあざといと思われたら嫌だなって悩んじゃうところもありますね。

鈴木........でもそれが読者の楽しみですよね。

細川........最初から3人の視点だったんですか?

伊坂........もう1人、「蛍」という女の殺し屋もいました。全部一文字の名前の殺し屋で500枚くらい書いてから全部やり直して、もっとスピード感を出すために1人減らしてみました。

猪股........『グラスホッパー』は伊坂さんにとってどんな作品ですか?

伊坂........僕としては、いつもと同じような感覚で、ただ単に、出てくる人を殺し屋にして書いただけなのに、いままでとは少し、読者の反応が違っていて、結構戸惑いましたが、悪く言われれば言われるほど、やっぱり『グラスホッパー』がかわいい(笑)。いままでの作品の中で一番よくわからないというか、装幀も中身も抽象画っぽくてパズル的ですし。『グラスホッパー』の評判で開き直れたんですよね。僕がすごく面白いと思っていても、みんなとは少し違うんだとわかったときに、「じゃあ、もう自分が好きなものを書くしかないや」と思って、『魔王』を書いたんです。居直りと思われたらつらいのですが、でも、自分の書きたいものを書かないと、後悔するよなあ、と思って。そういえば、これには続篇があってちょうど昨日ぐらいに書き終えたところです。

鈴木........新刊のご予定などはおありですか?

伊坂........『死神の精度』という、死神が出てくる短篇集が出ます。装幀も死神が映り込んでいるような写真で、本当に恰好いいですよ。この装幀だけでも価値があるので、中身は読まずとも、手に取ってもらえると嬉しいです。あと『魔王』の続篇と、恋愛小説のアンソロジーで初めて恋愛小説を書きました。



本が普通に読まれるものだったらいい


鈴木........伊坂さんはお客様としていらしてくださるのも嬉しいです。

伊坂........でも、最近は仙台の書店も行くのが恥ずかしくて、こそこそしています(笑)。昔はどこの書店も同じような本が並んでるイメージでしたが、最近は結構違いますよね。ひとりの客として書店へ行くのは楽しみです。

佐藤........小説はどんなものを読まれるんですか?

伊坂........日本の作家さんの本が多いです。ただ、読んで、いいなあ、と思うと悔しかったりもしますし、でも読まないのも、逃げてるような気がして、複雑ですね。小説も映画も音楽も、なにかを吸収したいとか、学びたいという気持ちはあまりなくて、単に好きなんですよね。イライラしてるときは、自分の仕事が忙しくて本を読めないときだったりします。

きらら....最後に書店員さん、小普連へなにか一言いただけますか?

伊坂........ 小普連って「普通に小説を読む」って感じかと思ったんですけど、普及って意味なんですね(笑)。でもそういうふうになればいいなって思います。「僕、CD聴くんですよ」とは言わないじゃないですか。みんな、普通に音楽を聴いてるから。なのに、小説に関しては、「僕、意外に小説、読むんですよ」みたいな(笑)。本が普通に読まれるものだったらいいな。書店員さんが好きな本を並べるのは、やっぱり責任もあるし、すごい仕事なので、月並みですけど一読者として頑張ってほしいです。で、僕の本に関しては、ほどほどに。なんか申し訳ないんですよね、限られたスペースに置いてもらうのは。



(構成/松田美穂)



伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)
 1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で第5回ミステリ倶楽部賞を受賞しデビュー。03年直木賞候補となった『重力ピエロ』で注目を浴びる。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学賞受賞。短篇「死神の精度」で第57回日本推理作家協会賞を受賞