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小普連とは?
 「きらら」コラムでは、全国の書店員さんが4つのお題でおすすめ小説を紹介。新刊・既刊問わず縛りは小説本であることだけ! 毎回全国の書店員さんにコラムを依頼しています。近々あなたのお店にもコラム依頼のお電話をかけるかもしれません?!
初夏の清々しい気持ちとともに読書に没頭
ひと時いまを忘れて魅力的な物語の世界へ

《1》 今月飲むのを我慢して買った本

成田本店とわだ店(青森)櫻井美怜さん

◎言葉の欠片だった囁きがいつしか「物語」へと昇華する小川洋子さんの『人質の朗読会』

 随分綺麗に星が見えた。

 地震による停電のため、街の明かりが消えていることを忘れるほど、その夜の星は近かった。

 テレビも見られない。ゲームもできない。チカチカと目の奥を刺激する娯楽は奪われてしまったけれど、私には本がある。

 太陽の光の下で読んだ、小川洋子さんの『人質の朗読会』。

 言葉というのは、その欠片ひとつひとつでは囁きほどの心もとない小さな存在でしかない。いたずらに積み上げてみても不協和音にしかならないけれど、小川洋子さんの手にかかれば、とたんに競い合うようにその身を寄せ合い、共鳴する。

「地球の裏側にある、一度聞いただけではとても発音できそうにない込み入った名前の村」で、反政府組織によって人質として捕らわれた8人の日本人。彼らが、自らの生を刻むかのように厳かに語り合った小さなお話の数々。

 モノクロに見えていたこのお話には、章の最後にひっそりと添えられている人質達のプロフィールを読むことで、とたんに「お話」が「リアル」に変わる仕掛けが施されている。

 点が線になり、言葉の欠片だった囁きがいつしか「物語」へと昇華する奇跡は必読の価値がある。

 現実と本の世界の狭間を楽しませてくれる本をもう一冊。太田光さんの『マボロシの鳥』。
マボロシの鳥を捕まえた大道芸人も、タイムカプセルを埋めたかつての少年も、ここに描かれているのはあなた自身かもしれないし、隣のあの人かもしれない。

 この物語の中に見知った誰かを見つけた時、あなたはもう小説の罠に両の手足を絡め取られている。

 言葉の欠片を積み上げ、できたその細い糸を丹念に紡いで生まれてくる物語。

 ただの白い紙に印刷されたこの物語が、人の心を揺さぶり、大きな力となることがある。

 こんな時だからこそ、本の力を。こんな時代だからこそ、活字の力を。

 紙をめくればそこに物語がある。その幸せを守るために、私たちはまた明日から本を売る。

 一冊の本が、どこかで誰かの日々の彩りになることを信じて。


《2》 当店の売れ行き30位前後にいる小説

啓文社多治米店(広島)長迫正敏さん

◎『第1回広島本大賞』を受賞した中島京子さんと光原百合さんの小説を自信持ってお奨め

 発売以来、コツコツ、ジワジワと売れている小説、もちろんあります。ただ残念なことに、もう「隠れたおすすめ本」ではありません。当店をはじめ、多くの書店が大きな声で自信を持っておすすめしている本です。それは『第1回広島本大賞』の受賞作です。

 広島の書店を盛り上げよう! と広島の書店&タウン誌のスタッフが、タッグを組んで立ち上げた企画。条件は2つ。まず「広島が舞台の作品。もしくは、著者が広島在住or広島出身」であること。そして「現在も書店で入手可能なもの」というものです。

 ノミネートされた11作品の中から選ばれた栄えある第1回の大賞が、次の2作品です。

 1冊は中島京子さん初の児童文学、『ハブテトル ハブテトラン』。東京から母の故郷・広島県福山市松永の小学校に、2学期だけ通うことになった小学5年生・大輔君の成長物語。驚きと発見に満ちた男の子のエンタな毎日が、瀬戸内の海のようにキラキラと、そしてイキイキと描かれています。また、もう一歩大人に近づくためには避けられない「成長痛」に真摯に向き合う姿は、誰もが応援したくなります。男の子は冒険を通して親の知らないところ、見ていないところで成長するものです。読者は、まさにその瞬間に立ち会えた幸せに浸れます。

 もう1冊は光原百合さんの連作ファンタジー『扉守 潮ノ道の旅人』。舞台は瀬戸内沿岸の海と山に囲まれた懐かしい町・潮ノ道。言うまでもなく、著者の故郷・尾道がモデルです。この土地には「妙な力」がある。そのために引き寄せられてきた何者かが起こす不思議な出来事を、「お寺の住職だかをやっているふざけた爺さん」了斎が招いた魔力・霊力の持ち主たちが見事に解決していきます。その方法は、全てを包み込む温かいまなざしを向けること。それは著者自身の故郷へのまなざしに違いありません。縁あって本書を手にしてこの世界に触れた貴方は、優しさと奇跡があふれている海辺の町を、きっと訪れてみたくなります。

 中島さんの作品名にある「ハブテトル」は、備後地方の方言で「すねている」という意味です。この言葉は光原さんの作中にも、しばしば登場します。両作品とも、全編にわたってテンポよく繰り出される備後弁の数々。よくぞこの口調を文章で表せたものです。

 この2作品は『第1回広島本大賞』という特別な作品になりましたが、地元の私たちにとっては永遠に、声に出して読みたいほど身近で愛着のある「おすすめ本」であり続けるはずです。


《3》 私はこの本を1日1冊1すすめ

MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店(大阪)川島秀元さん

◎横溝正史の影響があるのかとひとり納得する道尾秀介さんの『背の眼』と『龍神の雨』

 昨年の11月に転勤の辞令が出て、急いで引っ越し、落ち着く間もなく12月のクリスマス直前に新規店をオープンさせるという慌しい年末を送りました。

 この新しいお店の特徴は何といっても売場面積が日本一ということで、オープン前からメディアなどに注目していただいていたのですが、そのアピール力は絶大で、多くの作家さんが大阪に立ち寄られた際、当店まで足を延ばしてくださいます。

 その時はここぞとばかりにサイン本をつくっていただいたりしているのですが、何よりいちばん楽しいのは、普段聞けないような作家さんの話を聞けることです。

 さて今回は、今までご来店いただいた作家さんの中から特に印象深かった道尾秀介さんを取り上げたいと思います。数々の文学賞を受賞され、ついに直木賞も獲られた、今いちばん話題の作家で、今更と思われるかもしれませんが。

 お話の中で最も印象的だったのが、道尾秀介さんが横溝正史ファンであるということでした。小説の文章だけを頼りに『本陣殺人事件』の舞台を探して岡山県まで行ったという話は見事なオチまでついていて、傑作でした。

 デビュー作にその作家のすべてが含まれているとよく言われますが、道尾秀介さんのデビュー作『背の眼』の世界は、横溝正史の影響もあるのかとひとり納得してしまいました。

 さらに『龍神の雨』はその横溝テイストがかなり濃く感じられるのですが、この作品の仕掛けも教えていただき、そこまで考えて書かれているのかと感心しきりでした。しかし、著者曰く、書評などを見ていても、誰にも気づかれていないとのこと。それを勝手に、しかも得意気に書くわけにはいきませんので、ヒントだけ。“日本神話”と“電話”を意識して、もう1回よく読み直してみてください。

 そしていちばん読み応えがあるのは、その緻密な心理描写です。徐々に追い詰められていく主人公たち。道尾さんらしい特徴がよく出ている作品です。

 直木賞受賞作の『月と蟹』も同じように、徐々に蝕まれていく主人公の心理描写が秀逸で、小説の面白さを再確認した1冊です。

 そして最新作『カササギたちの四季』。ここまで挙げてきた作品とは傾向が違い、コメディタッチの作品ですが、作者の実力が幅広いことを教えてくれる1冊です。一癖も二癖もある登場人物たちですが、みんなその心のうちに温かいものをもっており、最終話では思わず胸が熱くなりました。


《4》 この小説家の作品は絶対に売りたい

紀伊國屋書店名古屋空港店(愛知) 牧岡絵美子さん

◎大島真寿美さんの『ピエタ』は読後頭が真っ白になってしまうほどその世界に浸ってしまう

 ヴィヴァルディ、ヴェネツィア……クラシックにも世界史にもあまり接していない私には馴染みのない舞台。その世界へいともたやすく連れていってくれるのが大島真寿美さんの新作『ピエタ』です。18世紀のイタリアには捨てられた子供を育てるピエタという施設があり、そこではヴィヴァルディらによる高度な音楽教育がなされていました。ピエタで育ち今は40代となったエミーリアが、かつて一緒に指導を受けたヴェロニカから依頼され、ヴィヴァルディが演奏についていけない彼女のために書いた楽譜を探すというのが本書の軸となっています。張り巡らされた運河をゴンドラが行き交い、豪奢な貴族のお屋敷の陰に貧しい暮らしがある当時のイタリアがいきいきと描かれ、ヴィヴァルディやヴァイオリンの名手アンナ・マリーナなど実在の人物がそこで暮らしていた光景が目に浮かぶようです。カーニバルの騒ぎに紛れ、楽譜を探して街をさまようエミーリア。ドラマティックな展開と明らかになる過去に、じっと息を詰めて彼女を見守っているような緊張感があります。またその過程での出会い――聡明な高級娼婦のクラウディアをはじめ、魅力的な女性たちとの繋がりが物語を支え、感動的なラストで実を結びます。読後は頭が真っ白になってしまうほど、しばらくその世界に浸っていたくなる1冊です。

 もう1冊は松浦理英子さんの『犬身』。自分は半分犬なのでは、と思うくらい犬が好きで、犬になりたいと願い続けた房江は、怪しげなバーのマスター・朱尾献と出会い、犬になれる代わりに死後に魂を渡すという契約を結んでしまいます。首尾よく理想的な飼い主の梓に飼われ、フサとなった房江は犬としての幸せを満喫したのもつかの間、梓の置かれている状況を知り慄然とします。性的虐待を続ける兄、そうとは知らず兄を偏愛する母親、フサはなんとか梓を守ろうとしますが、犬の身にできることは少なく、全てが破壊される最悪の結末を迎えます。かなり陰惨な内容を扱いながらも、フサと献の会話はどことなくおかしみがあり、全体を通してフサの語り口が淡々としていて不思議に重い印象は残りません。希望の見えるエピローグには胸が温かくなります。

 遠く離れた世界の住人になれること、現実にはありえない出来事に素直に共感できること、どちらも小説を読む喜びを存分に味わえる作品です。