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自分の嫌なものが面白さや興味に変わる

間室……著作は全部拝読しています! 井上さんは、家庭、とくに夫婦、とくにその結婚生活を描くことを身上としているような気がします。子供が出来て、互いを「おとうさん」「おかあさん」と呼び合う「家族の中の夫婦」ではなく、あくまで元は見知らぬ男と女であることがハッキリわかるような夫婦。今回は舞台がシェアハウスで、あら、家族でも夫婦でもないのね、と最初驚いたんですが、この設定はどこからですか? もともとシェアハウスにご興味があったのでしょうか?

井上……テレビなどでシェアハウスの話を知ったとき、私には絶対に住むのは無理だと思いました。それでもとても気になったので、どうして無理なのかを突き詰めて考えてみたんです。シェアハウスではまったく関係のなかった人たちが一緒に住んで、関係性を作っていく。もちろん楽しさや素晴らしさといったメリットもあるのでしょうが、私にとってはデメリットのほうが多いように思えました。自分が嫌だと思うことが、かえって面白さや興味に変わっていって、シェアハウスを小説の舞台に選びました。自分が苦手だからこそ、「シェアハウスでどんなことが起こったら、住人は困るだろうか」という視点で話を組み立てたところがありますね。

間室……主人公の照は、四月の雪の朝、ハウスの庭で亡くなり、その後、ある種の幽霊のような存在となって、不動産屋の曳田を含めたハウスの住人たちの私生活を覗き見します。彼女は生きて人間だったときから「虫のような女」だと言われましたが、女の子って普段、猫とか狸とかの動物、あるいはお花に喩えられますよね。虫って……!

井上……ある種の蔑称でもあって、照本人も自覚的に虫のように生きていて、周りからそういう女だと思われることを気にしていません。虫のような女であることは、他の人からすると不気味で、脅威になり得るのかもしれません。

間室……宇野亜喜良さんの表紙画が素晴らしいですが、カマキリとバッタとアゲハの幼虫が描かれています。虫娘の照について私は名前から、皆の人生をぼうっと照らし出す蛍を想像したんです。ほんとの闇にいるときは、闇って意識しない。蛍くらいの明るさがあると、逆にああ真っ暗だって思えてくる。そんなイメージです。井上さんにとって、照はどんな虫ですか?

井上……蛍でも蝶でもないですね。「虫ケラ」というときの虫のイメージに近いです(笑)。

間室……読んでいて思ったのは「爪痕を残す」っていうことです。いまどきの男女って、ストーカーとかネットに昔の恋人の見られたくない写真を流出させるとか、「愛はもう求めないけど、せめてアイツの中に俺/私がいたことを残したい」って汲々としてる。愛でないなら痛みで自分を思い出せって、なんとも身勝手ですが、物語の中でも、お金をもらって人と寝ることを生業としていた照に、男たちはなんとか言葉や行為で爪痕を残そうとします。現代の恋愛をどう見ていらっしゃいますか?

井上……私はむしろ爪痕を残さずにその恋愛をなかったことにして、次へ進む人が多いように感じています。交際相手にLINEで別れを告げて、スマホを閉じたらもうすべて終わってしまうような関係も存在する。照と寝る男性からすると、照は気楽ではあるけれど、どこか物足りない。お金で買った女から手応えがあるのも面倒くさいけれど、照ほどあっさりしていると苛立ちが募ってくるんでしょうね。

サスペンスでは誰かを殺さなくちゃ

間室……シェアハウスには28歳の銀行OL鹿島葉子、30代半ばの自称フリーライター碇みゆきと、同年代のイタリアンのシェフ桜井竜二、50歳を超えた売れない男優の妹尾がいますね。照亡き後、不動産屋の曳田は新しい住人候補を連れてきて皆と食事会をさせますが、どんなに雰囲気がよくても、なぜか誰も入居しない。ある入居候補者が4人の仲の良さを口にし、曳田が「えっ。仲、いいかな」と驚くシーンが印象的です。ハウスの皆の親密さは、愛ではなく共犯関係に似ていて、変な緊張感があるんですよね。

井上……彼らがお互いを親しくないと思っていても、一緒に暮らしていればなんらかの関係性ができあがります。否応なくできてしまう関係性の不気味さやしょうもなさ、恐ろしさがある上に、照が死んだことでさらに繋がりが強固になってしまった。照の死因が謎のせいで、ある種の共犯めいた存在になりました。
 この小説を書くとき、まず担当編集の方からサスペンス小説をというご提案をいただいたんです。サスペンスなら誰か死んだ人が出てきたり、誰かを殺さなくちゃと思いました(笑)。

間室……サスペンスやミステリって、物語の山場、もしくはラストシーンで人が死にますよね。ところがもう冒頭から、照は死んでいる(笑)。え、そうなの!? と唖然としました(笑)。

井上……最初の一行「樅木照はもう死んでいた」という言葉が出てきて、書いていくと死んだ女の視点で物語が進んでいたんです。作品全体のトーンをこの一行が決めましたし、だんだんと自分が書きたいことがわかってきた気がしました。

間室……井上さんの作品には「愛が繋がりで破局が別れ」ではおさまらない男女がよく出てきます。『虫娘』の中にも驚きの関係がありますが、結婚の自由不自由とか、男と女の自由不自由とかについて、お聞かせください。聞いても大丈夫ですか?(笑)

井上……結婚生活を営んでいくと、幸福なこともありますけど、他人と暮らすことの不思議さや驚きに満ちていますよね。ずっと同じ人を愛していられるのかどうかを考えると、愛とは何かという問題も出てきます。出会ったときの情熱が失われても、たとえ憎しみ合うようになっても、ひとつの愛の形だといえるかもしれない。愛という定義が曖昧になっていくのが、結婚だと思うんです。

間室……恋愛小説やドラマの多くが、結ばれるまでが勝負で、結婚できたらハッピーエンド、別れてしまえばアンハッピーエンド、という着地ですが、井上作品の男女の繋がりには複雑で深いねじれがあります。大人なんですよね……。そこが魅力です!

井上……小説に対するスタンスとして、曖昧なことを正確に書きたいんですね。愛が終わっているのかどうかを考えたときに、99%憎んでいても、1%はまだ愛しているかもしれない。その1%が残っているということに目がいきます。だから私の小説は、始まりや終わりがはっきりとした起承転結のある物語にはならないんです。

作家は基本的に自由でなければならない

間室……読み進むうち、照が死んだ朝、ほんとうは何があったのかが露わになってきます。シリアスな中で、コミカルなキャラクターが出てくるのにシビレました! 映画「ブルース・ブラザーズ」ふうのデブとノッポのコンビが秀逸。彼らは最初から出すつもりでしたか?「ブルース・ブラザーズ」、お好きなんですね!?

井上……好きですね(笑)。最初は出す予定はなかったのですが、ただ刑事や銀行員がシェアハウスに来るだけじゃ、書いていても面白くなかったので。

間室……主人公が死んで、虫になって登場する。ある意味SFですが(笑)、曳田が行く酒場にいる「人の話を聞かないおじさん」や、照が思い出す、小学校時代の「意味もなく下敷きに消しゴムをかけ続ける男の子」が、妙なリアリティで話を支えています。これは、作戦ですか?(笑)

井上……それは作戦というよりも、私の性質によるところが大きいです。たとえ脇役でも、一人の人間としてできるだけ緻密に正確に書きたいと思っているので。

間室……『虫娘』のテーマは自由と不自由、生と死だとも思うんです。不幸なのはそれがクロスしていること。普通は自由な人が生き生きした人生を送り、不自由な人が死んだような人生を送っていると思われがち。でも自由だと思われていた人が、うつろだったからこそ、何ものにもとらわれない奔放な生き方だったり、不自由に、他人をうらやみ、嫉妬し、妄想し、という人たちが、「それこそが生々しい人生だ、生きてるんだ」と人に思わせたりします。
 そこで最後にぜひ、作家の自由と不自由についてお聞きしたいんですけど、大丈夫かな(笑)。

井上……作家は基本的に倫理や道徳から自由でなくちゃいけないと思っています。私生活が、ということではなく、小説内においては、ということです。小説の題材を選ぶ中での自由、不自由についてお話しすると、書けると思った題材で執筆が進まなかったり、難しいと想像したテーマでうまくいったり……と、思うようにいかないことはある(笑)。担当編集の方と小説の題材を考えるとき、担当者は私の適性などを考えて提案してくださいます。でも意外と雑誌で読んだある人のひと言や、一枚の絵画などから発想したほうが、書いてみてよかったりするんですよね。

間室……誰もが傷つけようとしたけど、虫のような強靭さで、誰も傷つけることはできなかった照。いろんな人が出入りしては去っていく照の体と心こそがシェアハウスだったのかな、と思ったりもするんですが。

井上……それはきれいにまとめ過ぎですが(笑)、どう捉えていただいても構いません。ただ、「生」と「死」を突き詰めて考えていくと、人間として傷つかないのがよいことなのかどうか疑問ですよね。

間室……そしてラストです。照の部屋の鏡の裏にあったもの。鏡って自分を映すものですが、その裏にねえ……。ネタばれが怖くて言えないんですが、感動で鳥肌が立ちました! 読み返すたび、同じように心震えます。

井上……最後まで読んでくださった方が、「『虫娘』は純愛ですね」と言ってくださって、とても嬉しかったですね。
 十一月には『悪い恋人』という単行本も発表します。この小説は不倫のよろめき話といったところでしょうか。
 書店員さんが誰かに私の小説を薦めていただくとき、どんな内容か説明しにくいだろうなと想像しています。でもこのスタイルだけは変えようがなくて(笑)、どうぞ末永くお付き合いください。

(構成/清水志保)
 

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