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興味を持ったら調べていただきたい

高橋……先日『太陽の棘』のインタビュー記事を読んだのですが、本書と同じく沖縄を舞台にしたデビュー作『カフーを待ちわびて』で書き残していたことをこの作品に込めたと仰っていました。それは一体、どんなことだったのでしょうか?

原田……沖縄を観光すると、最初はきれいな海と空、あたたかい人々といったポジティブな部分に惹かれますよね。でも歴史を紐解いていくと、統治者がたびたび代わったり、アメリカに占領されていた時期もあったり、ポジティブな部分と同じくらいネガティブな闇の部分があることに気づきます。闇の部分を知った上で沖縄の美しさを見なくてはいけないとずっと思っていたのですが、いたずらにタッチできない繊細な問題でもありますし、デビュー作で闇の部分を書くというのは私にとっても難しすぎました。デビューから八年経ち、ようやく自分が納得する形で、沖縄の光と陰を小説にすることができました。

新井……修学旅行で沖縄へ行ったのですが、本書を読んで初めて知ることがたくさんありました。『太陽の棘』では琉球米軍に派遣されたサンフランシスコ出身の精神科医・エドの視点で物語が語られていますが、まず軍医に精神科医がいたことに驚きました。

原田……実戦がほとんどなくても、規律が厳しい中、常に戦時と同じくらいの緊張状態に晒されているんですね。アルコールや薬物依存、鬱状態など、心を病む兵士が多く、メンタルをケアする精神科医の重要性は高いそうです。

高橋……私はちょうど沖縄に行ってきたばかりなのですが、原田さんの作品を読んで、もっと沖縄のことを知る努力が必要だとわかりました。参考文献も多く載せられているので、歴史を調べたり、DVDを借りたりしています。

原田……今からでもぜんぜん遅くないですよ。本当は読後の余韻に浸っていただきたいので、参考文献を書かないほうがスマートなのですが、どんな資料をガイドマップにして書いてきたのかを知ってほしかった。興味を持ったら実際に調べていただきたい気持ちもあります。

叫んだところが世界の中心

高橋……エドは同僚たちと沖縄を散策するうちに偶然「ニシムイ・アート・ヴィレッジ」に辿り着きます。そこでは東京芸術大学を卒業したタイラや、才能に溢れているのに戦争で故郷をなくしたため心を痛めているヒガなどが、米軍兵士を相手に絵を売っていますが、どういった経緯で原田さんはニシムイに出合ったのですか?

原田……NHKの「日曜美術館」の再放送で偶然、海を渡った沖縄のアートが沖縄県立美術館で里帰り展をする際の特集を観ました。那覇に駐在していた精神科医のスタンレー・スタインバーグさんが、交流のあった沖縄のアーティストたちの作品を保存されていたんです。展覧会で流れていたインタビュー映像のスタインバーグさんは、とても穏やかな表情でニシムイの思い出を語っていてぜひ彼に会いたいと思った。『太陽の棘』のプロットを一年かけて考え、スタインバーグさんに手紙を書きました。お会いした彼に小説にする許諾をいただいた際に、「私のニシムイの思い出があなたの小説で永遠になる」というお言葉をいただき、涙が出るほど嬉しかったです。

新井……ニシムイのアーティストたちは、激動の大変な時代だったにも拘わらず、自分の信じているものに向かって真っすぐに突き進んでいます。その姿が眩しかったです。

原田……ニシムイのアーティスト・玉那覇正吉さんが描いた肖像画「スタンレー・スタインバーグ」と「自画像」を見た時、感動で鳥肌が立ちました。彼らのアートはあの時代にしか描けなかったフレッシュさがあり素晴らしく、美術史的な観点から見てももっと評価されるべきものだと思います。ニシムイの存在が知られていないのにはさまざまな理由がありますが、ニシムイ出身のアーティスト全員がもう亡くなっていることもあり、歴史の闇に打ち捨てられて、プロモートも検証もされてこなかった。彼らの存在を小説で発表することで、沖縄の画壇をサポートする役割も担いたかったんです。
 ロケーション的に中央から見ると、沖縄は辺境にありますが、日本という国自体も、欧米から見ると辺境にあります。私もずっと、辺境からどんなに叫んでも世界の中心にはなれないという気持ちがありました。ニシムイのアーティストたちの生きるための叫び、命の叫びも世界の中心にはなれない。だけれども、彼らはずっと叫び続けていました。今は、そこがどこであれ、叫んだところが世界の中心だと思っています。七十年が経ち、彼らの声を皆さんの耳に届ける手伝いができたなら、こんなに嬉しいことはないです。

きらら……作中で自画像を描くエドに、タイラが「徹底的に自分をいじめろ」とアドバイスしますが、自画像そのものにもとても興味が湧きました。

原田……精神科医の仕事も他人の内面を見つつ、また自分自身を見つめる作業です。エドの仕事とタイラの仕事は、実は非常にリンクしている。画家が自分をどう見つめているのかが伝わる自画像は、面白いですよね。
『太陽の棘』を書くまでは、小説は読み手がいて初めて成立するもので、誰かの肖像画のように感じていました。エンターテインメントであるからには読者の立場に常に立とうと、客観的で冷めた目を持っていたかったんです。でも『太陽の棘』は立ち位置を遠くに置きながらも、その時々の自分が一番訴えたいことを、心を込めて描き込んでいきました。この経験から、小説はやっぱり作家の自画像なのかなと思うようになりました。

新井……原田さんの作品は読んでいると映像が浮かんでくるので、どこまでがノンフィクションでどこからが原田さんの創作なのかとても気になります。

原田……それは『楽園のカンヴァス』を発表以降よく訊かれますね。『太陽の棘』でいうとノンフィクションは一割程度。三十秒くらいのダイジェストでまとめられるフレームの部分は本当のことで、スタインバーグさんとニシムイのアーティストが、国境や人種などの人々を隔てるものを超えて、結びつくことができたという事実がまずあります。ただそれ以外の、作中に出てくる登場人物やイベントはすべてフィクションですよ。すべてのものを超える象徴として、アートを描きたかった。差別的な状況下にあった沖縄のアーティストのトピックなアイテムが出てきますが、それらのことは実は一切関係ないといってもいいくらい純粋にアートの力を伝えたかったんです。

高橋……いろんな方の魂が原田さんのもとに集まって、それらを小説で具現化しているんですね。

原田……こんな命のぶつかりあい、魂の交流があったことを、私たち日本人はもちろん、アメリカ人も記憶するべきです。ニシムイの存在を忘れていたわけではなくて、誰も今まで気づかなかっただけ。気づいてもらうために、この小説を書きました。

高橋……エドがニシムイのアーティストにプレゼントしたあるアイテムが、本書のキーポイントのようで、この作品が持つ光と影の象徴のように思いました。ラストシーンが本当に素敵で、読後に空を見上げて本を抱きしめてしまったほどです。

原田……ありがとうございます。実はラストシーンを思いついたのが、連載が終わる二か月前だったんです。ラストのシーンに繋がる伏線を奇跡的に入れることができました(笑)。

新井……本の装丁には、原田さんが衝撃を受けた肖像画と自画像が使われています。読む前は、イケメンの男性だなーくらいにしか感じなかったんですが(笑)、読み終えてから改めて絵を見ると、引き込まれるものがありました。

原田……タイトルに込めた思いや、カバーにこれらの絵を使った本当の意味は、『太陽の棘』を最後まで読んでいただかないとわからないようにしています。

作家とはワインの造り手のよう

高橋……今「きらら」で連載中の「ロマンシエ」は、美大出身のゲイの美智之輔がパリで奮闘する姿が描かれていますが、『太陽の棘』とは全く違うコメディで、原田さんの素の感じがしました。

原田……ずっと「ロマンシエ」のプロジェクトを水面下で進めていましたが、シリアス路線の『太陽の棘』が終わったら書こうと決めていました。私、お笑いネタ好きなんですが、ずっと封印していたんです。アートの部分とコメディ要素は私の筆力が一番出ますね。

新井……前回の「きらら」対談の後に「ロマンシエ」の構想を伺っていたので、拝読できて嬉しいです。ミッチーの恋する気持ちや妄想が、ふだんの私に近くて読んでいて楽しいです。

原田……私としては、美智之輔はゲイの男の子というよりも、恋する普通の女の子だと思って書いています。現代のパリを活写してみたい気持ちもあって、パリに行ったら訪ねていただきたいお店も登場させています。美智之輔版「パリガイドブック」になったらいいですね。

高橋……美智之輔が恋にアートに全力疾走する感じがよく出ていて、元気になります。早く全部を読みたいです。

原田……ギアを3速に入れてドライブ感を満載に描いていますからね(笑)。私の愛車に飛び乗っていただき、読者をどこまでも遠くの別世界に連れていきたい。「おしゃれなファッションに身を包み、小粋なパリの街角を私と一緒に走ってみませんか?」という思いでいます。
 最近、作家とはワインの造り手・メゾンのようだと思っています。その日の気分で飲みたいワインが違うように、小説もそんな風に選んで当然。“「メゾンマハ」はどんなシチュエーションにも合う小説を取り揃えている”と言っていただける作家になりたいですね。最初の読み手である書店員さんには、できたての「メゾンマハ」ワインをご提供して、酔いしれさせたいです。

 

(構成/清水志保)
 

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