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差し障りのない程度の情報量

中川……以前、佐藤さんから「野球と法廷を組み合わせたミステリを書く」というお話を伺って、どんな話になるのか想像もつかずとても驚きました。正直、「大丈夫なのかな?」と内心思っていたのですが(笑)、『ジャッジメント』を拝読して、裁判劇と青春が絶妙にミックスされていて、いい意味で驚きました。

佐藤……ありがとうございます(笑)。大好きな野球の話を楽しそうにしていたせいか、担当編集の方から、野球モノの小説のご依頼をいただいたんです。
でも野球小説というジャンルはもう出尽くしているんですよね。そこで新機軸となるように、法廷ミステリという側面を取り込んだのが、この『ジャッジメント』です。

新井……弁護士の中垣は、所属チームの監督を殺害した容疑で捕まったプロ野球選手・宇土の弁護をすることになります。中垣と宇土は高校時代に一緒に甲子園を目指した仲間なのですが、当時の野球部の様子と、現在の宇土の無実を証明するまでの話が、交互に語られる構成がよかったです。

佐藤……映画「スラムドッグ&ミリオネア」の原作『ぼくと1ルピーの神様』という小説があるんですが、大金を手にすることができた少年に弁護士が尋問する形で、過去がフラッシュバックしていく構成を取っていました。その小説から着想を得て、高校時代の野球部での出来事と、現在の様子を積み重ねていくことにしました。

新井……容疑者として逮捕されてからの弁護士とのやり取りや、法廷で使われる専門用語など、自分が知らないことがたくさん出てきました。この作品を書くにあたって取材はされましたか?

佐藤……千葉県の弁護士の方に取材をさせていただきました。僕は大学が法学部だったので、法律の専門用語にアレルギーがあるわけではないんですが、資格試験のための知識と実務とではやっぱり違いますよね。取材で初めて知ったことも多くて、取材前に書き溜めていた原稿を急いで改稿しましたよ(笑)。

中川……取材されたり、勉強されたことをそのまま書き写すのは、誰にでもできるように思うのですが、ご自身のなかで再構築したうえに、エンターテインメント小説としても面白いものを提供している佐藤さんは、さすがだなあと思いました

佐藤……僕自身が、お勉強ミステリのような蘊蓄を語られる部分が嫌いなんです(笑)。専門的な世界に没入させてくれつつ、自然と物語の世界に誘ってくれるのがプロの技だと思っています。自分も詳しくない立場として、必要な知識を最低限投入する。
それ以上の蘊蓄は不要で、削ることが大事なんですよね。ストーリーを進行させるのに、差し障りがない程度の情報量を提供することに心を砕いています。

こうあればよかったと思う青春

きらら……デビュー作『ある少女にまつわる殺人の告白』でも九州を舞台にされています。九州の言葉に馴染みがなくても、佐藤さんが書かれる方言は、とても読みやすくて、心地よく感じられました。

佐藤……方言に関しては、かなりライトに書いています。地元を離れてから時間が経っているので、たまに地元の友人に会うと、何を言っているのか聞き取れなかったりするんですよ。そのままの方言で書かずに、読みやすいように心がけていますね。

きらら……地元を舞台にされた小説が多いのは、やはり地元に思い入れがあるからですか?

佐藤……『ジャッジメント』では、一人の超高校級の選手が登場しただけで、甲子園出場に現実味が帯びてくる土地を考えました。東京や大阪は学校数が多い激戦区のため、すごいピッチャーが一人いただけでは勝ち抜いていけません。方言を間違える心配もありませんし、土地勘があるので、今回も長崎を舞台に選びました。
『ある少女にまつわる殺人の告白』を発表した時に、「せっかく長崎を舞台にしてもらったと思ったら、暗い話だった」という読者の方のレビューを読んだことがあったんです(笑)。今回は地元に住む読者のためにも、あまり重すぎない内容にしました。

新井……中垣に弁護の依頼をした宇土の妻・真奈は、高校時代の野球部のマネージャーでした。中垣は真奈に好意を寄せていましたが、彼が告白しようとしたタイミングで、当時から宇土が好きだった真奈は、いきなりびっくりな発言をして驚きました(笑)。

佐藤……高校時代の恋愛って、交際を断るほうも慣れていないので、ああいう感じになっちゃいませんか(笑)。今思い出すのも恥ずかしいような経験も自分にもありますし、あの年代特有の滑稽さってありますよね。

新井……宇土の無実を証明するために奔走する中垣に、宇土はずっと冷たくあたるので、最初は宇土が信用できなかったんです。宇土が抱えている問題は、のちに作中で明かされますが、宇土のような少し自分勝手な男性のほうがモテたりするんですよね。

中川……この小説では、どの登場人物も丁寧に描かれていて、過去のエピソードでしか登場しないと思っていた野球部のナイン達が、中垣に協力するシーンにはぐっときました。それぞれの登場人物には、誰かモデルがいるんでしょうか?

佐藤……特定のモデルはいませんが、今まで読んできた野球漫画などの蓄積から、「こんなキャラクターがいたらいいだろうなあ」という感じで、登場人物が出来上がっているような気がしますね。

新井……甲子園を目指していた野球部のメンバー同士が、意見の相違から部室でやり合うシーンは、青春らしい煌めきがありました。佐藤さんご自身も、こんなきらきらとした青春時代を過ごされたんですか?

佐藤……全然そんなことないですよ(笑)。レギュラーになれないだろうと、野球もきちんとやらなかったですし、音楽をやっていたけど、学校の文化祭で「身内に騒がれてどうするの?」と思うような冷めた子どもでした。
ただ、考えてみると、小説を書き始めた時、まわりの人から僕が小説家になれると思われるような状況ではなかったのですが、今は小説家として活動しています。子どもの頃、野球をもっとやっておけばよかったなと思うので、自分が「こうあればよかったなあ」という青春を書きました。

おまえはもっと脳に汗をかけ

きらら……殺害された監督の身辺を探っていくと、監督は私的なトラブルを金銭でもみ消した過去がありました。実際に、プロ野球界で話題になったような出来事だったので、少しどきどきさせられました。

佐藤……プロ野球界に限らず、問題をなかったことにしてしまうことが好きじゃないんです。統一球の問題も、ホームランが増えてもその選手の実力なのか懐疑的になってしまう。
ちゃんと解決してくれないことに鼻白んでしまうところがあるぶん、その話題があった時に、小説でちくりと書いてみようと思っていました。

中川……同じ法律の下でも、弁護士の中垣と検察官との間では、法律の解釈も考え方も異なるのが印象的でした。どちらの言い分もわかりますし、どちらが悪いとも思えなかったです。

佐藤……マスコミなどが一方的にバッシングすることを、僕は怖いことだと感じています。
検察官は被疑者を有罪に追い込むために一生懸命に論告しますし、弁護士は擁護するために弁論をする。その結果、判決が言い渡されるわけですが、実際に裁判で傍聴して双方の言い分を聞くと、どちらが正しいのか確信が持てなくなります。  もちろん僕が素人だから、経験がなくて判断がつかないだけかもしれませんが、有罪か無罪かの判決をはっきりと下す裁判官は、逆にいったらもう麻痺してしまっているところがあるように思いました。

新井……甲子園まであと一歩の準決勝の試合シーンと、法廷での熱い弁論シーンが絡み合うところはすごかったです。監督殺害の真犯人に迫りつつ、一方では野球部のナイン達が喫煙をした序章の真相もわかってくる。謎解きの鮮やかさもあって、ラストは夢中になって読みましたが、やはり佐藤さんはプロットを綿密に作り込まれるのでしょうか?

佐藤……小説を書く前に、プロットを担当編集の方に出すようにしています。この小説は、四月中に初稿をあげることになっていましたが、三月末くらいまで納得のいくようなラストに落とせなくて、なかなかプロットができなかったんです。
「もう無理だなあ」と思ってやけっぱちでプロットをまとめてみたら、担当編集の方から「このオチには鳥肌がたちました」と言っていただけて、ほっとしました。
以前、書評家の茶木則雄さんに「おまえはもっと脳に汗をかけ」と言われたことがあって、追い込まれる状況も自分には必要だと、今は思っています(笑)。

中川……中垣は熱血さわやか弁護士で、彼をいいと思う女性読者は多い気がします。中垣に協力してくれる刑事・井戸川も僕は好きなのですが、彼らが登場するような続編の執筆予定はありますか? 

佐藤……ご要望があれば、という感じですね(笑)。僕個人としては、『ジャッジメント』は二冊ぶんくらいになる大長編になると思っていました。時間的な制約もあり、駆け足で話を進めて一冊に凝縮しましたが、もっと描きたかったところがいろいろとあります。

新井……佐藤さんと初めてお会いしたのは、NBC長崎放送の密着取材で当店に来ていただいたのがきっかけでした。『ある少女にまつわる殺人の告白』は単行本で読ませていただき、それ以来、佐藤さんの作品が好きだったので、実際にお会いできて嬉しかったです。

佐藤……あの時はお世話になりました。地元の長崎や東京、名古屋を中心に書店訪問しています。たくさんの書店を回りたいのですが、一作で回れる書店の数が限られていて難しいですね。
とにかく僕は、まだまだ書店員の方に知ってもらわないといけない立場だと思うので、皆さんにまず僕の本を読んでほしいです。
読んでみた結果、どんな感想を持たれても構いませんが、もし気に入ってもらえたら、お店に置いていただきたいです。まずは作家として、いろいろな方に興味を持ってもらえる位置に立ちたいと思っています。

 

(構成/清水志保)
 

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