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今までお世話になった先輩方の集大成

安田……連作短編集『ランチのアッコちゃん』は、全編にわたって、おいしそうな食べ物がたくさん出てきますね。食にあまりこだわりがない私でも、「ルビーのようなイクラ」といった柚木さんの描写に、つい食欲を刺激されました。

柚木……ありがとうございます。でもほかの女性作家さんの作品を読んでいると、みなさん、食べ物の描写がお上手なので、自分ではそんなに描写が上手いとは思っていないんですよ。

きらら……そもそもランチをテーマにされたきっかけは何でしょうか?

柚木……ある版元の編集者さんが、会社近くでランチを食べるところがないって仰っていたんです。確かにその界隈は、ランチが1000円以上するお店はたくさんあるのですが、派遣OLさん達がランチ代を500円以下で抑えられるようなお店がなかった。「そういえばランチって結構頭を使わなくちゃいけないなあ」とOL時代を思い出したのが発端ですね。

後藤……表題作「ランチのアッコちゃん」では、上司のアッコ女史からの提案で、三智子の手作り弁当とアッコ女史の1週間のランチコースを取り替えっこすることになります。まずこの発想がすごいですね。

柚木……実際に会社で働いていた時に、お弁当を持ってきていた先輩が、食べにいきたいお店があるからと、人にあげたことがあったんですよ。先輩にお弁当を作ってきてもらったり、ご馳走になることも多くて、「この人、会社では怖いけど、他ではけっこう人気者なんだ」と思ったこともありました。

狩野……女子校を舞台にした『王妃の帰還』が、女子のダークな部分が描かれた作品で、「この女の子達、怖い」って思いながら読んだんです(笑)。『ランチのアッコちゃん』も、最初は「アッコ女史、怖いのかな」と思っていたんですが、どの短編もあたたかいお話になっていました。

後藤……仕事が忙しいとつい自分のことでいっぱいになってしまいますが、アッコ女史のように後輩に気遣いができるようになりたいです。

柚木……今でも先輩作家さんにご馳走になることが多くて、お世話になった先輩方の集大成がアッコ女史ですね。モデルになった方はたくさんいます。

きらら……アッコ女史のランチコースには、神保町にある実在するお店が出てきますが、ほかのお店もあるのでしょうか?

柚木……ほとんど架空のお店です。三智子がお使いで行く古書店「ハティフナット」は、吉祥寺にある森ガール御用達のお店の名前を借りています。東京を切り貼りした感じですね。

安田……アッコ女史のランチコースを見ていると、「決められた1時間の間で、こんなに冒険できるんだ!」と思いました。

柚木……今までは読者のためとか考えたことがなかったんですが、この作品に関しては、連載をしている時からずっと、読んだ方がランチを楽しめるといいなあと思っていました。この小説で伝えたいことは、「ランチの1時間を楽しんでほしい」ということに尽きます。

恋愛を書くことに興味がない

後藤……第2話「夜食のアッコちゃん」では、会社が倒産し、その後アッコ女史が「東京ポトフ」という移動型のポトフ屋を始めています。この作品では、柚木さんのビジネス的なアイディアが詰まっていますね。

柚木……作家という職業は不安定で、この先どうなるのかわからないといわれているんじゃないですか。もしこの仕事を続けるのが難しくなった時に、おむすびでも作ってオフィス街で売れば、私でも生活できるんじゃないかと思ったんです。私は夜型なので、夜食として食べやすく、炭水化物が入っていないポトフ屋が欲しいと思いました。

安田……ホストのお客さんが、大根おろし入りのポトフを注文しますが、本当に飲み過ぎに効くんですか? とても気になりました。

柚木……ある元ホストの方がドンペリを一気飲みした日には、大根一本をおろして食べると仰っていたことがあって(笑)。私は試したことはないんですけど、おいしそうですよね。

後藤……他の派遣先で働いている三智子が、アッコ女史に尻を叩かれながらポトフ屋を手伝っていくうちに、逞しくなっていくのがよかったです。
三智子はいつのまにか古書店「ハティフナット」の店主と同棲していましたが、二人が付き合った過程がとっても知りたいです。スピンオフで書いてほしいくらいです。

柚木……なんででしょうねえ。実は恋愛を書くことに興味がないんです。若い頃、私の周囲では付き合うと一緒に住む人が多かったんですよね。その影響もあるのかもしれません。この作品では、女性同士の友情を書きたかったので、そこまで細かい流れは考えていなかったです。

狩野……新しい派遣先で、男性社員にバレンタインのチョコレートを渡すか渡さないかで、女性社員と派遣社員の間で問題が勃発します。男性からすると、チョコレートのお返しを一人一人に用意するのは、大変です。

柚木……いろいろな職場を転々としてきましたが、実際にこういう問題はあるんですよね。どうやったら丸く収まるのかと考えてみると、この方法が一番よいと思いました。これなら、ホワイトデイもうやむやになりますしね(笑)。

あの生意気なパワーをもう一度

安田……第3話「夜の大捜査先生」では、語り手が三智子から元コギャルのOL、野百合に替わっていました。ちょうど野百合と同じ世代なので、とても懐かしい気持ちで読みました。

柚木……私が高校生の頃に、安室奈美恵さんやSPEEDが全盛期でした。彼女達が歌う歌詞の内容は、ちょっと生意気で格好よかった。今流行っているAKB48は、明るく元気な理想の彼女という感じですよね。今の10代、20代の女の子を見ていると、みんなに愛されるキャラクターでやっていこうというスタンスにちょっと戸惑います。当時とイケてる女の子像が違うんでしょうね。

きらら……偶然再会した高校の時の先生と一緒に、夜遊びしている在校生のハマザキを捜します。野百合が当時遊んでいた場所を思い出しながら捜索していきますが、渋谷の街が生き生きと描かれていてよかったです。

柚木……渋谷はそんなに詳しくなかったので、担当編集の方と一緒に、舞台になっている神泉から円山町の辺りを回りました。小説を書く時にロケハンをすることはよくありますね。

後藤……私はこの短編が一番好きです。昔、アース・ウィンド&ファイアーを聴いていたなあと思い出しました。

柚木……今の子達はクラブに行かなくなっているので、昔好きだったクラブが、40代以上の限定ディスコナイトをやっていることが多いんです。「ここ、行ったことあるなあ」と思って入ったクラブで、アースがかかっていて、みなさん、とても楽しそうでした(笑)。

きらら……野百合はコギャルだったことを封印して、きれい系のOLさんを演じていますが、そんな自分にちょっと違和感を持っているようで窮屈そうでした。

柚木……ギャルだったことを完全に封印して、コンサバに生きている子と、アパレルや自営業に就いて、ギャルのまま生きている子達に二分されますが、後者のほうが充実している感じがします。この短編には、「あの生意気なパワーをもう一度」と、という意味を込めました。

後藤……今の自分をイケてないと思っている野百合に、ラストで先生が「今のほうがいいよ」と認めてくれるのが素敵でした。

柚木……迷える下の世代に「ちゃんと見てるよ」と言ってくれる大人が、今少ないように思っていて、どうしても先生に言わせたかったんです。

狩野……アッコ女史や三智子がどこで絡んでくるのか、楽しみにしながら読んでいましたが、まさかこういう形で出てくるとは(笑)。

柚木……海外小説を読んでいると、最初の2本が連作短編で、ほかは全く違う短編だったりすることがありますよね。私はあまりそこに抵抗がないんです。実はこの『ランチのアッコちゃん』には、収められなかった短編が4編ほどあります。次に単行本化する際にも、アッコ女史の登場度合いはこの流れになると思いますので、読者のみなさんにも慣れていただけると嬉しいです。

バブル世代とゆとり世代が手を取り合ったら

狩野……僕はラストの「ゆとりのビアガーデン」が一番よかったです。男としてはぐっときます。ぜひ男性に読んでもらいたいですね。

柚木……男性読者はとても貴重な存在です。ありがとうございます。小説誌に掲載するために、ほかの短編を書き上げていたのですが、ある映画と内容が似てしまう可能性があり、この「ゆとりのビアガーデン」は8時間ほどで急遽書き上げたものなんです。

きらら……今度の語り手は、ある会社の社長であるバブル世代の豊田。彼の会社に三ヶ月だけ働いていたゆとり世代の玲実は、頑張り屋なのに失敗ばかりの女の子でした(笑)。

柚木……大量にトナーを注文した玲実の失敗は、昔私がやった実話です。オフィスで使うカラーコピー機のトナーがあんなに大きいとは思わなくて(笑)。

後藤……玲実は豊田の会社の屋上でビアガーデンを始めることになり、どうせ上手くいかないと思っていた豊田の予想に反して、意外にも玲実のビアガーデンは繁盛する。ずっと残業ばかりだった豊田の部下まで、仕事を早く切り上げて玲実の店に通うようになるさまが楽しかったです。

柚木……残業ばかり続けていると仕事の効率が下がると聞きますし、生真面目で頑張り屋の豊田のような上司が、ずっと帰らずに仕事をしていると、思いもよらず部下を苦しめることになります。

狩野……玲実くらいちょっと無神経で突き抜けている女の子だと、多少強引で失礼なことがあっても許しちゃいますよね。豊田も気がつけば玲実のペースに巻き込まれていました。

柚木……玲実はずっとビア樽を背負っているから、ちょっと猫背になっていて可愛いはずです。よろよろと歩いているから、なんか許せるかなって(笑)。バブル世代とゆとり世代は、時代のせいでもあるのに、なぜか悪く言われることが多い点が似ています。バブル世代とゆとり世代が手を取り合ったら、何かの起爆剤になるように思いました。

狩野……豊田は不妊治療を巡って、妻と少しぎくしゃくしています。少し関係が改善しそうな雰囲気を感じられてほっとしました。

柚木……どう和解したらよいのか難しく考えて動けなくなることって誰にでもありますよね。でも仕事一筋の生活を少し変えて、「ビールでも飲みにいく?」と誘うことで、解決することもありますよね。玲実はちょっと動きすぎなんですけど、多少的外れでも次に進んでいける力があります。
誰かが落ち込んでいる時に、毒にも薬にもならない言葉を並べて励ますことへのアンチテーゼでもありますね。耳触りのよい事を言われるよりも、「あそこのカレーを食べると絶対元気が出るから、一緒に行く?」と言われたほうが、私は明日へ歩き出せる気がするんです。

安田……『ランチのアッコちゃん』の続編のほかにも、今年はまだまだ刊行のご予定があると伺い、とても楽しみにしています。

柚木……今まではお仕事をお断りしたことがなかったのですが、これからは執筆のペースを少し落として、より密度の濃いものを書いていきたいですね。書店員さんのお力でここまでやってこられました。ありがとうございますという気持ちでいっぱいです。

 

(構成/清水志保)
 

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