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彩瀬まるさん
 東日本大震災の被災記『暗い夜、星を数えて−3・11被災鉄道からの脱出−』の発表以来、多くの書店員さんから小説本を待ち望まれていた彩瀬まるさん。初の長編小説『あのひとは蜘蛛を潰せない』を刊行したばかりの彩瀬さんに、紀伊國屋書店横浜店の川俣めぐみさん、紀伊國屋書店新宿本店の今井麻夕美さん、三省堂書店海老名店の高島いづみさんが、執筆の舞台裏を訊きました。
彩瀬まる(あやせ・まる)1986年千葉県生まれ。上智大学文学部卒業後、小売会社勤務を経て、2010年「花に眩む」で「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞し、デビュー。文芸誌などで次々と小説を発表。12年、東日本大震災の被災記『暗い夜、星を数えて─3・11被災鉄道からの脱出―』を発表。その他、短編に「二十三センチの祝福」(『文芸あねもね』所収)。

どのくらい受け入れてもらえるのか未知数だった

きらら……彩瀬さんは「女による女のためのR‐18文学賞」で読者賞を受賞し、作家デビューされましたが、小説を書かれるようになったきっかけはありますか?

彩瀬……中学生の頃に入っていた美術部に、画家の息子さんでとても絵のうまい先輩がいたんです。先輩の絵を見て、絶対に自分は絵では勝てないと思って、絵以外のことで自分が一番になれるものがほしくて、小説を書くようになりました。私が書いた小説を友人が面白がってくれたので、褒められてやる気も増したという感じですね(笑)。

川俣……ずっと彩瀬さんの本が出るのを待っていました。最新刊『あのひとは蜘蛛を潰せない』は、刊行前に読ませていただき、もうぜんぶ大好きと言えるくらい本当によかったです!

きらら……主人公の梨枝は、ドラッグストアで働いていますが、深夜勤務の時の同僚とのやりとりなどがとてもリアルでした。

彩瀬……オフィスで毎日同じ人と出会う職業よりも、いろんな人が出入りしている仕事を書きたかったんです。以前、勤めていた小売業の会社で、頻繁に来るお客さんや、癖のある人たちを目にして、面白いと思った経験を下地にしています。

今井……28歳の梨枝は、実家で母親と二人暮らしをしています。私も30歳まで実家にいたので、家を出たいと思う梨枝の気持ちは、自分と重なる部分が多かったです。
梨枝は母親に「ちゃんと考えなさい」とよく言われていますが、私も同居していた祖母に、「ちゃんとしなさい」と言われて育ったので、ある種の呪縛を受けているところが、自分のことのようでした。人に相談したら、きっと大したことではないと思われるけど、本人はすごく悩んでいるんですよね。

彩瀬……そう言っていただけて安心しました。私は目立たないけれど重要なテーマであると感じたので、小説に書きましたが、読んだ方が同じように感じてくれるとは限りません。ただの気の弱い情けない女の子の話だと思う方もいるでしょうし、梨枝がしっかりすればいいだけだと途中で読むのをやめてしまう人もいるかもしれない。どれくらいの人に受け入れてもらえるか未知数だったので、どきどきしながら発表しました(笑)。

高島……夜のシフトで一緒になる既婚男性・柳原さんが、梨枝に秘密を語るシーンが印象的でした。秘密を話してくれた柳原さんに、梨枝も自分の秘密を差し出したくなりますが、そういった甘ったるい気持ちを、活字で読めたことが新鮮でした。

彩瀬……そのシーンは、なにかを意識して書いたというよりは、「こういうことってあるなあ」という感覚で書きました。高島さんに喜んでいただけたのは、嬉しいです。

三葉くんは、読んだ方によって反応が二分

きらら……梨枝は柳原さんが気になる存在のようだったので、このまま不倫関係になるのかと思いきや、柳原さんはある理由から急にいなくなってしまいます。柳原さんの奥さんが語る彼の本性は、梨枝の思っていた彼とまったく違っていましたね。

今井……人って、言葉にしたり態度に出していることと、実はまったく違うことを考えていたりするんですよね。心の底辺にある見えない部分まで書かれていたのがすごかったです。

川俣……柳原さんの代わりに入った学生のアルバイト・三葉くんは、梨枝を気に入っていて付き合うようになります。最初はしっかりしすぎている三葉くんをちょっとずるいなあと思ったんです。

今井……私も最初に読んだ時は、ちょっといやな男の子だなと感じましたが、二度目に読んだら、恋をしたくなりましたよ(笑)。

彩瀬……今まで恋愛をしたことがない梨枝が、恋をしてくれるキャラクターとして、三葉くんを書いたのに、読んだ方によって反応が二分していて、こんなに出来すぎた年下の男の子は、好きになれないという人もいました。逆に、三葉くんのややっこしいところも含めて好きだと言ってくれる方もいて、「そうなんだ!」と読者の反応が面白かったです。

高島……三葉くんが梨枝のことを下の名前で呼び始めたタイミングがツボでしたね。「梨枝さんばいばい。また明日」という言葉にもきゅんとしました。

今井……三葉くんは梨枝にとって初めての彼氏で、梨枝が「彼がいてくれてよかった」と素直に思えたり、投げ返す言葉に花束をつけて返してほしいと思ったり、梨枝と三葉くんの幸せな姿がよかったですよね。

彩瀬……そう言っていただけて嬉しいです。そのシーンの時にはもう後半の展開を決めていたので、私は・あとでどんでん返しが来るよ……・という多少いじわるな気持ちもありつつ書いていました(笑)。読者のみなさまには、二人の恋愛を曇りない気持ちで読んでいただければと思います。

今井……母親から愛情をもらうばっかりだった梨枝は、三葉くんと付き合っていくうちに、人に与えることを覚えていきます。自分が受けた愛情の形でしか愛情の示し方を学んでいないから、そのまま三葉くんにも歪んだ愛情を与えてしまう。他の人の視点はわかりようがない、自分のこれまでからしか判断ってできないんだと痛感しました。

高島……兄の啓一郎が戻ってくるのを機に、一人暮らしを決意した梨枝に、母親はある言葉を発しますが、そのことに梨枝は傷つく。子どもが親に反発する気持ちは、自分が愛してほしい形で愛してくれないことなんですよね。一方の母親は、きちんと愛してくれているのですが、その言葉がちょっと呪いっぽい(笑)。親子の間での愛情のずれ具合がこわいと思いました。

彩瀬……そうですね。ここに書いているのは呪いに近いかもしれません。実は、相手の心を痛めない愛情の与え方というのは難しいんですよね。

きらら……啓一郎は、梨枝が子どもの頃から姉妹のように慕っている雪ちゃんと結婚しています。子どもの頃から体が弱かった雪ちゃんは一見優しいものの、内に暗いものを秘めている女性でしたね。

高島……啓一郎のことで思い悩んでいる雪ちゃんが、初めて梨枝に感情を露にするシーンで、梨枝にお菓子をあげる姿が心に残っています。ビビッド過ぎて最初直視できなかったくらいです。近しい梨枝にすら、さらりと打ち明けられない雪ちゃんの慎み深さがいい。雪ちゃんが抱えているものの大きさを、お菓子の大きさに感じました。

彩瀬……そのシーンは雪ちゃんの勢いを言葉に落とすのが難しくて、芝居っぽくならずに感情が決壊する感じを出せるよう最後まで書き直しました。これから聞き苦しいことを言うけれど、これで勘弁してねってことですよね(笑)。本当はお菓子を渡さなくても、梨枝は話を聞いてくれるのに、渡さずにはいられないんです。

今井……柳原さんは秘密を差し出し、母親は梨枝に服をくれ、梨枝は三葉くんに一緒にいてほしくてプレゼントをする。どこかみんな、何かを与えないと気持ちのやりとりができない人たちばかりですね。

高島……愛情を欲しがる小説はたくさんありますけど、彩瀬さんの小説はどこか違って、受け入れてほしいけど、少し遠慮があるところがいいです。

川俣……私は雪ちゃんよりも啓一郎のほうが気になりました。病気の知人女性を過剰なほど看護したり、家でたくさんの植物を育てたり、業が深い感じがして……。

今井……雪ちゃんと啓一郎の問題は、まだ解決していないんですよね。

彩瀬……そうですね。梨枝が雪ちゃんに三葉くんとの問題を語れないように、雪ちゃんも啓一郎との問題を梨枝には語れない。その隔絶は残そうと思いました。啓一郎の出番は少ないのに、雪ちゃんよりも啓一郎が引っかかるという読者の方は多かったです。

きらら……登場人物の中で彩瀬さんと近い考え方の人はいますか?

彩瀬……三葉くんと雪ちゃんに割り振ったような気がしますね。自分の中にある少し攻撃的なところを、口に出さないでへらへらしているけど、毒っぽいことを考えている三葉くんに託しています。他人に対して諦めの気持ちがあるから優しそうにふるまえる雪ちゃんのことは、自分がそういう心持ちになることもあって、そう書いた気もする。感情移入のしやすさを考えるとこの二人ですが、梨枝のことも大事に書きました。

自分で手段を獲得していく話

川俣……梨枝が勤めるドラッグストアで、いつも必ず頭痛薬を買っていく「バファリン女」と呼ばれる女性が出てきますが、後半では彼女がとても重要な人物として描かれています。頭痛薬の飲みすぎを注意する梨枝に反抗的な彼女ですが、徐々に親しくなる様子は、究極のツンデレですよね。

彩瀬……そうなんですよ! 他のインタビューで「バファリン女はどういうつもりで書いたのですか?」と訊かれて、「ツンデレです」って答えたんです。その時インタビュアーの方にちょっとひかれてしまって。時代を汲んで、ちゃんと売れ筋も小説に盛り込んでいるんです(笑)。
この小説では、今までの境遇や働き方、物の考え方が違う二人の女性が友達になる話を目指したいと思っていました。
しかし構想を練るうちに、精神的に自立していない人達が依存できる相手を探すような状態だと、本当の友達にはなれないのではないかと考えるようになり、ならば主人公が自立するまでの過程を描き、最後に初めて友達ができる話にしようと試行錯誤を繰り返しました。

きらら……母親との関係を描いた家族小説のようにも、年下の男の子との恋を描いた恋愛小説のようにも読めますが、女性の友情ものを想定されていたんですね。

彩瀬……母親との問題を抱えている人は、母親との話と思うだろうし、恋について考えている人は恋の話だと思うだろうし、私がどう作ったかは関係なく、読んだ人それぞれの感想が全部正解だと思います。

高島……この『あのひとは蜘蛛が潰せない』というタイトルがいいですね。冒頭の柳原さんとのシーンでもそうですが、作中の随所で蜘蛛が効果的に出てきました。この蜘蛛には何か思い入れがあるのでしょうか。

彩瀬……柳原さんが蜘蛛を潰せないと知って、梨枝は初めて、意図的に出している部分以外のものが人にはあると気づきますが、よくよく意識してみると、人によって蜘蛛の扱い方が違う。潰してもいいような、だめなような生き物を、人はどう見なすのか。蜘蛛がなにを象徴しているのかは、私も書きながら梨枝と一緒に考えていったところがあります。

川俣……私、蜘蛛が大嫌いなんです。彩瀬さんの初の小説本を待っていたのに、このタイトルだったとは(笑)。

彩瀬……書店員さんが小説を待っていてくれていると、他の作家さんから聞いて、とても励まされました。殺人も不倫もない、ひとつの町内だけで話が進む派手な仕掛けもない作品なので、こんな説明のしにくい小説をPOPやツイッターで紹介して下さっている書店員さんたちには本当に感謝しています。あふれんばかりの本が毎月発売される環境下で、たまたま私の本を手に取り、心に留めてくださった書店員さんにも、読者の方にも、運命的なものを感じています。みなさまもハードワークで腰などを痛めないよう、お体を大切になさってください。

 

(構成/清水志保)
 

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