有川ひろさん『イマジン?』

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きっと明日につながる
著者近影(写真)
有川ひろさん
イントロ

「図書館戦争」シリーズを筆頭に『空飛ぶ広報室』や『植物図鑑』など数々のヒット作を世に送り出してきた有川ひろ(「有川浩」より改名)が、三年半ぶりとなる待望の新刊『イマジン?』を発表した。
 物語の最初と最後で二度現れる「働くこと」にまつわる箴言は、全ての働く人々を勇気づけるだろう。

 自衛隊、土木建築会社、県庁観光課、児童養護施設……。さまざまな職業のリアルを、主人公の人間的成長と共に描くお仕事小説は、有川ひろの代名詞であり十八番だ。最新作『イマジン?』では、映像制作会社および撮影現場にフォーカスを当てた。

「ある意味、『イマジン?』を書くための取材は一〇年近くしていたんです。初めて自分の作品を映像化していただいたのは二〇〇八年のアニメ『図書館戦争』なんですが、当時は純粋な好奇心で、制作現場にお邪魔させてもらいました。一人で書く小説とは全く違う、チームでものづくりをする現場の熱気がすごく刺激的で、その後も作品が映像化されるたびに現場へ足を運ぶようにしていました」

 見学を重ねることで、映像作品の制作現場ではどのように仕事が回っているのか、全体の流れや個々のスタッフの役割について把握できるようになった。しかし、だからといって、小説の題材になるわけではない。

「私は実在の人物に取材して小説を書く、〝フィールドワーク作家〟を自称しているんですが、取材相手から何をもらっているかというと、言葉なんですよね。小説家はよく言葉のプロと言われますが、どんな職種であれプロフェッショナルなお仕事をしている方々はみなさん、いい言葉を持っている。例えば、一見すると言葉とは正反対の場所にいるように思われるスポーツ選手も、言葉を持っている方が多いじゃないですか。映像制作の現場でも、心の深いところにぽんっと石を投げ入れられたような、価値観や人生観が揺さぶられる言葉を何人もの方からいただきました。そのさざなみがある一定のところまで達した時に、〝この人たちのことを書きたい!〟と急に物語が走り始めたんです」

誰かと仕事をするうえで一番大事なマインドとは

 一章ごとに異なる撮影現場がフォーカスされる、全五章の連作短編形式で物語は進む。

 主人公の良井良介は二七歳のフリーターだ。ある日、歌舞伎町でキャバクラのチラシを配っていると、バイトで知り合った先輩・佐々賢治に強引に誘われ、ドラマ撮影現場の制作バイトに駆り出される。ロケ弁当を配り、そのゴミを回収し、搬入路の動線を確保し、休憩スペースとなる「お茶場」を設営し……。現場でさまざまな雑用をこなすうち、心の中に喜びの火が灯る。

 実は良井は、映像作品に「出る人」ではなく「作る人」になりたい、という夢を持っていた。専門学校卒業後は映像制作会社で働くはずだったが、出社初日に、会社が計画倒産で夜逃げをした現実と直面する。挫折した心を抱えたまま、無為な数年を過ごしていた。

「私自身も二〇〇三年にデビューする直前までは、夢見ているにもかかわらず全力を尽くさず、〝私なんかが作家になれるわけがない〟とひねくれた感情を持て余していました。やりきっていないうちは、諦めをつけることができない。当時の私の感情は、良井くんが抱えていたものと似ていると思います。そんな良井くんを引っ張り上げてくれるとしたら、私自身もそうでしたが、人との出会いだと思うんですよ」

 良井を現場に呼んだ佐々は、「おら、走れ! 新米なんざそれしか能がねえんだから!」と檄を飛ばす。雇い主である制作会社「殿浦イマジン」の社長・殿浦は、「自分が何をしたら相手が助かるだろうって必死で知恵絞って想像すんのが俺たちの仕事だ」と優しく諭す。熱い言葉のシャワーが、凍りついた良井の心を溶かすのだ。

「主人公の周りに、魅力的な人たちがいなければ物語は回っていきません。佐々は多少言葉遣いは乱暴ではあるけれども、現場での基本的な立ち居振る舞いを教えてくれるし、殿浦はいろいろガサツなところもあるけれど、心を動かすような言葉を放ってくれる。こういう人たちが周りにいてくれたら、良井くんもまた夢に向かって歩いていけるはずだと思ったんです。言葉って、人間の気持ちを具体的に表にあらわせる唯一のツールだと思うんですよ。人と真剣に向き合ったならば、言葉を使わざるをえないし、その言葉が仕事のキーにならざるをえない。だからこそ私はデビュー直後から、〝言葉を武器に戦う〟シーンを大事に描き続けてきたつもりなんです」

有川ひろさん

 第二章以降は、「殿浦イマジン」の一員となった良井の活躍が描かれていく。金庫番の経理・今川、プロデューサー志望の亘理、そしてのちに合流する紅一点の助監督・幸……。映像作品の「現場」だけでなく、所属する「職場」の信頼感に満ちた人間模様も綴られることで、映像業界で働くことの楽しさややり甲斐が浮かび上がってくる。

「良井くんは一番下っ端なので、やれる仕事といえば本当に地味な雑用なんです。でも、良井くんが雑用をこなさなければ、現場にノイズが生じて空気が濁ってしまい、佐々や亘理たちが自分の仕事に没頭することができなくなってしまう。現場全体の動きを把握して、周辺視野を駆使しなければ、そもそも雑用がどこに発生するのかもわかりません。『イマジン?』というタイトルを決めたのは第一章を書き上げた後だったんですが、これ以外ないな、という感じでしたね。映像制作に限らず、誰かと一緒に仕事をするうえで一番大事な能力というかマインドは、自分には何ができるのか、ここで何をすべきかを〝想像すること〟だと思います」

今日の頑張りはきっと明日のあなたを支える

 一見すると地味で雑用過多な仕事を題材にしているにもかかわらず、一章ごとにガラッと物語の世界観が変わり、固有のダイナミズムが生まれている理由は、作中作の存在にある。第一話で良井がスタッフとして参加する作品は、航空自衛隊の広報室を舞台にしたドラマ『天翔ける広報室』だ。もちろんモデルとなっているのは、実際にドラマ化された有川の『空飛ぶ広報室』であり、その現場だ。第四章『みちくさ日記』のモデルは、映画化された有川の『植物図鑑』であり、その現場である。

「せっかく自分で体験できたので、使えるネタは全部使わせていただきました(笑)。残り三章の脚本は、オリジナルです。個人的に一番気に入っている脚本は、第二章の『罪に罰』ですね。復讐劇の心理サスペンスで、私もこういう黒い話はごくたまに書くこともあるんですが、本来はあまり見せないようにしています。作中作のバリエーションの一つとして入れてみました」

 なぜ「本来はあまり見せないように」しているのか?

「人が持っている、光の部分を書きたいという思いが強くあるんです。私自身が抱えているものが本質的にどす黒いから、まっすぐ生きている人の光の部分の、すがすがしさや尊さに惹かれるんですよ。逆に、これはご本人にも言ったことがあるんですけど、湊かなえさんがどす黒いものをあれだけ生き生きと書けるのは、彼女の本質はまっすぐで光の属性の人だからだと思うんですよね。だからこそ、彼女は人の闇の部分が興味深く観察できる。私はどうしようもなくどす黒い属性だから、光を書くことが作家としての特性なのかなと思っているんです」

 本作における「光」は、最終第五章のラストで、制作マンとして成長した良井が心の中でつぶやく言葉に宿っている。「ままならないながら尽くした全力も、いつか明日に繋がる」。実はこのセリフは、第一章の作中作で登場するセリフ──「(引用者註・なりたい自分になるためにした努力は)なりたいものになれなくても、別のなにかになれると思うんです」とかすかにシンクロしている。

「二つのセリフが呼応していることは、今指摘されて初めて気づきました(笑)。でも、確かにこの作品を象徴する考え方だなと思うんですよね。映像業界で働く方々を取材していると、自分たちとしては精一杯頑張ったんだけれども、作品自体はままならない結果となってしまい、落ち込んでいる場面に立ち会うことは決して少なくありませんでした。でも、彼らにはいちいち立ちどまって考えている暇はない。前の現場のわだかまりを引きずってしまうのは一番いけないことだから、いつか報われるかもしれないと信じて次の現場へ向かうしかない。その姿を前にして、〝今日ここで頑張ったことは、きっと明日のあなたを支えてくれます〟と、私自身の祈るような気持ちを重ねて書いた言葉だったと思うんです」

 そしてその言葉は、全ての働く人々に対するエールでもあるのだ。


「イマジン?」書影

幻冬舎

「走るしか能がない」新米制作マンの成長を描くお仕事小説。数多の映像化作品を持つ著者ならではのディテールも読みどころ。喧騒に満ちた現場から、裏方たちの息遣いが聞こえてくる。


著者名(読みがな付き)
有川ひろ(ありかわ・ひろ)
著者プロフィール

高知県生まれ。2004年、『塩の街』で第10回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞しデビュー。「図書館戦争」「三匹のおっさん」シリーズをはじめ、『阪急電車』『空飛ぶ広報室』『明日の子供たち』『旅猫リポート』『アンマーとぼくら』など著書多数。最新エッセイに『倒れるときは前のめり ふたたび』。

〈「STORY BOX」2020年4月号掲載〉
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