長月天音さん『ほどなく、お別れです』

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喪失の先へ
著者近影(写真)
長月天音さん『ほどなく、お別れです』
イントロ

 夏川草介や仙川環、額賀澪らを輩出してきた小学館文庫小説賞からまた新たな才能が発掘された。第十九回(二〇一八年度)の受賞作 『ほどなく、お別れです』は、葬儀場を舞台にした連作ストーリーだ。たおやかに綴られていく文章の端々には、作者である長月天音が人生で得てきた、さまざまな実感が込められていた。

 東京で実家暮らしをしている大学四年生の清水美空は、就職活動で連戦連敗し、三年前に始めたものの休職中だったアルバイトに復帰する。スカイツリーのすぐ近くにある地上四階建ての葬儀場、坂東会館のスタッフの仕事だ。久々に式場へ顔を出すと、仲の良かった社員の先輩から、見覚えのない若い男性のことを教えられる。漆原という名の彼は、事件や事故絡みの遺体を「専門」とする葬祭ディレクターだった──。

 全三篇+ α で紡がれる葬儀場を舞台にした物語は、作家が大学時代に得た経験を元にしている。

「大学二年生から四年生にかけて丸二年、葬儀場でアルバイトをしていました。新聞の求人欄を読んでいたら、ずば抜けて時給が良かったんです。社員として働く方々はまた違ったと思うのですが、アルバイトで働くぶんには面白い職場でした。"葬祭"という言葉があるように、式のセッティングはお祭りの準備に似ています。いざ式が始まると嵐のような忙しさで、仲間の連帯感も強かったんです」

 非日常ならではの高揚感は、受賞作にも盛り込まれてはいる。だが、フォーカスを当てている感情はやはり、悲しみだ。

「葬儀場が舞台であれば、例えば式の最中に故人の愛人が突然現れて、相続を巡る諍いが始まる……という派手なお話も作れるなとは思ったんです。アルバイトをしていた頃、それに近いことが起こったという話も聞いていました。ただ、やはり気持ちの部分を大切にしたかったのです。亡くなった方が、亡くなる直前にどんなことを思っていたのか。遺された方が、別れの悲しみとどんなふうに自分の中で向き合って乗り越えようとするか。私が書きたいのはそこだな、と思いました」

死の事実は変わらずとも受け止め方は変えられる

 最初に思い浮かんだのは、漆原のキャラクターだったという。彼は遺体にまつわる複雑な事情を見抜く観察力と、抜きん出た現場対応能力の持ち主だ。

「どんな遺体を前にしてもどんなトラブルが起こっても、式を完璧にこなす"流しの葬儀屋"がいたら面白いなと思いました。漆原が日本中の葬儀場を渡り歩くイメージが最初に浮かんだのですが、そういうお話を書く力が私自身にまだなかったし、舞台をひとつに絞れば周囲の人々との交流が自然と生まれます。そう考えた時に、漆原のことを外から観察する存在として、美空という女の子を立てようと思ったんです」

 だが、美空を単なる観察者にするつもりはなかった。彼女はある種の「気」をキャッチし、死者と語り合う能力の持ち主なのだ。漆原の現実的な技能と、美空の特殊な能力が掛け合わさることで、遺体にまつわる「謎」が解き明かされる。

「私自身はミステリーだと思って書いてはいなかったんです。書きたかったのは、生死の境界を越えた人の繋がりでした。漆原の仕事のパートナーであり、美空とはまた違ったかたちで死者を見ることができる僧侶の里見や、坂東会館に勤める陽子さんや椎名さん、美空の祖母や父母……。生者同士の日常会話も力を入れて書きましたね。力を入れすぎて、編集者の方から"少し削りましょうか"と言われてしまったぐらいです(笑)」

「第一話 見送りの場所」に登場する遺体は、不慮の事故で亡くなった妊婦だ。「第二話 降誕祭のプレゼント」と「第三話 紫陽花の季節」でも、寿命による死ではなく、若くして突然の死を迎えることとなった方の遺体が「謎」を連れて来る、という共通点がある。

「葬儀場でアルバイトをしている時に感じたことなのですが、お年寄りの葬儀は、もちろん悲しみはあるにせよ、参列者のみなさんは死を受け入れることがなんとなくできている。一方で若い人が亡くなった葬儀は、雰囲気がまったく違いました。故人がこの世から突然いなくなってしまった衝撃で、みなさん気持ちの整理ができていないんです」

 その衝撃や悲しみを、いかに癒やすことができるか。漆原と美空にとっての本当の仕事は、「謎」を解いた先にあるのだ。

「悲しみは結局、自分の心で癒やすしかないと思うんです。それには何よりもまず時間が必要なのですが、例えば"いなくなったけれど、そばにいて見つめていてくれるんだよ"と思うことで、ほんの少しでも癒やされる。大切だった人がいなくなってしまったという事実は変わらないのだけれど、考え方を変えることによって、死の受け止め方が変わる。そのための言葉を紡ぐというのが、美空がサポートをし、漆原が行っている一番大きな仕事です」

長月天音さん『ほどなく、お別れです』

 実は、美空には、彼女が生まれる直前に急逝した姉がいる。「お姉ちゃんがいつもそばで見守っていてくれている」という祖母の言葉どおり、美空自身も姉の存在を感じている。だとしたら──なぜ死者の姉は美空に付いているのか? この「謎」が、全三篇+ α の物語全体に大きなうねりをもたらしている。

「美空に姉がいる設定にしたのは、美空はなぜ他の人にはない能力を持っているのか、理由付けが必要だと思ったからです。死者の姉が彼女に付いているからだということにすれば、能力自体はファンタジーですが、状況設定に少し説得力を出せるかもしれない。でも、どうして死者の姉は美空に付いているのだろう。自分の中で浮かんできた謎を、自分なりに解きながら小説を書き進めていったんです」

 一九七七年新潟県生まれの長月は、子どもの頃から本を読むことが好きで、物語を書くことも好きだった。生まれ故郷の新潟を出て、東京の大正大学文学部に進学した理由も、小説家になるという夢を脳裡に浮かべていたからだ。しかし、「人生経験を積んでから書こう」と先延ばしにしているうちに、時が流れた。本格的に執筆を始めたのは、数年前だ。

死を巡る妄想や願望を小説の中に詰め込んだ

「主人の病気が悪化し、彼の看病をするためには正社員として働くことが難しくなりました。飲食店でパートをし、残りの時間を看病に当てることにしたんですが、主人は眠っていることも多かったので、空いた時間に家で小説を書くようになったんです。取りかかった作品の続きを頑張って書こうという気持ちや書き上がった時の達成感が、先が見えない闘病生活を続けていくうえでの心の支えでした」

 書き上げた四作を新人賞に投稿したが、受賞は叶わなかった。だが、作品がたとえ世に出なくとも、書くこと自体が癒やしになっていたのだ。そして、五作目の『ほどなく、お別れです』(投稿時のタイトルは『セレモニー』)でデビューを掴んだ。

「葬儀場を舞台にした人間ドラマが書きたい、という構想は以前からあったのですが、実際に書いてみようと思ったきっかけは三年前に主人が亡くなったことでした。夫に言いたかったけれど言えなかったことや、夫に聞きたかったけれど聞けなかったこと、夫に言ってほしかったこと、死というものが生者にとってこういうものであってほしいという妄想や願望を、小説の中に全部詰め込んだんです。例えば、天国が本当にあるかどうかは誰にも分かりません。でも、あると信じたい。そう信じることで、ほんの少し救われるんです」

 現在は、新作長編を構想中だ。

「主人が亡くなったのは三年前の九月、旧暦でいう長月で、亡くなった日から一週間ずっと雨でした。第二の人生を始めるにあたり、あの日のことを忘れないようにという思いで、長月天音というペンネームを付けました。雨を天に変えて、前を向こうという気持ちにもなりました。次は葬儀場とはまったく違う場所を舞台にした、明るくて楽しい話を書きたいと思っています。夫と闘病生活をしていた頃、小説を書くことだけではなく、読むことでも支えられました。明るく楽しい物語の世界に入り込むことで元気付けられた、その時の自分と同じような感覚に、読者の方になってもらえるような作品を目指したいんです。でも、やはり別れがテーマになってくるような気がしています。私は人間の感情が書きたいんですが、別れというものの中に、いろいろな感情が凝縮されていると思うんですよ」


ほどなく、お別れです

清水美空は、就職活動連敗中の大学四年生。気持ちを切り替えるため、休職していた葬儀場のアルバイトに復帰し、漆原というスタッフと出会う。彼は美空が持つ不思議な能力に目を付け、自分が担当する葬儀を手伝わせるのだが……。


著者名(読みがな付き)
長月天音(ながつき・あまね)
著者プロフィール

1977年新潟県生まれ。大正大学文学部日本語・日本文学科卒業。2018年、『ほどなく、お別れです』で第19回小学館文庫小説賞を受賞(応募時タイトル『セレモニー』を改題)し、デビュー。

〈「STORY BOX」2019年2月号掲載〉
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