額賀 澪さん『風に恋う』

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取り戻せ、青春
著者近影(写真)
額賀 澪さん『風に恋う』
イントロ

小学館文庫小説賞と松本清張賞を同時受賞した平成二年生まれの大型新人・額賀澪が、作家生活丸三年、一〇冊目の節目に、満を持して世に問う一作が『風に恋う』だ。デビュー作『屋上のウインドノーツ』以来となる、吹奏楽(部)を題材にしている。最大の挑戦は、「青春小説」の定義を自らの意思で大きく更新することだった。

 高校に入学して間もない一年生が、かつて黄金時代を築きながらも今や落ちぶれた、吹奏楽部の部長に抜擢される。『風に恋う』は、そんなエピソードから幕を開ける。作家自身にとってもこのエピソードを獲得したことが、すべての始まりとなった。きっかけは、去年の一月に遡る。

「『屋上のウインドノーツ』から担当してくださっている編集者と、"もう一度吹奏楽の小説をやりたいよね"という話をしていたんです。ある時、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』を渡されて"次は王道のコンクールものにしませんか?"と言われたんですよ。恩田さんのあの素晴らしいコンクール小説があるにもかかわらず、新人の私に同じジャンルを依頼してくるって相当な勇気だと思ったし、受けて立ちたくなったんです(笑)」

 その会話をしたのは、箱根駅伝の熱気が残っている時期だったという。額賀は好きが高じて『タスキメシ』という小説を執筆したほど、大学駅伝の熱烈なウォッチャーだ。中央大学は前年秋の箱根駅伝予選会で惜しくも敗退してしまったが、一年生が主将だった、という事実に心揺さぶられるものがあった。

「箱根駅伝で優勝争いをしていた黄金時代のOBが監督としてやって来た最初の年に、一年生が主将に抜擢されていた。ものすごくドラマチックな展開じゃないですか。この一連の出来事だけでも、小説になりますよね。でも、それを駅伝の話でやろうとすると、現実の面白さに負けてしまうしノンフィクションの記事を読めば済む。想像をプラスして、違う題材に移し替えて書きたいなと思っていたんですが、そっか、吹奏楽でやればいいじゃん、と思い付いたんです」

 すぐにアポイントを取り、中央大学陸上部主将の舟津彰馬選手に会いに行った。新しい吹奏楽部の小説を書くために取材した、最初の現場は陸上部だったのだ。

「舟津選手は当時一九歳だったんですが、若いのに本当によくできた青年で、"私はこれから音楽の話を書こうと思うんだけど、君に話を聞かせてほしい"という奇矯なお願いに応えてくれたんです。いろいろと興味深いお話を聞かせてもらった中で、箱根を走ることがゴールではないし、箱根の先にも人生がある、と言っていたのが特に印象に残りました。中央大学で走ることが正解だったのか、そもそも走るという選択をしたことが自分にとって正解だったのか、答えが見えるのって一〇年先、二〇年先かもしれない。それくらい広い視野を持ったうえで、今という時間を一生懸命に過ごしていた。一年生主将という要素以上に、『風に恋う』という物語の深いところで、彼に取材したことが生きているんです」

リスクを背負いながら今の環境を自分で選ぶ

 物語の世界で、一年生の茶園基を新部長に抜擢したのは、千間学院高校吹奏楽部黄金時代の部長・不破瑛太郎だ。社会人三年目にして人生の迷路に迷い込んでいた彼は、顧問を務める恩師からの依頼で、この春から外部コーチに就任した。モチベーションが低下していた部員達に対し、部長を替えることで、今のままでは絶対に全国大会には行けないと思わせる。痛みを伴う改革の一手は、部員達の向上心に火を付けた。地区大会を突破し、県大会、西関東大会へ。過去作との大きな違いは、快進撃の感触を取り入れたことだ。

「『屋上のウインドノーツ』は、主人公の挫折でお話が終わっているんです。努力したから報われるとは限らない、現実ってそういうものじゃんと思ったからなんですが、私の作品はそのパターンが多いことに気付いたんですよ。今回は、これまでと違った書き方に挑戦したかった。心掛けたのは、読んでいて気持ちのいい小説にしたい、ということでした」

額賀 澪さん『風に恋う』

 

 作家自身も中学校の三年間、吹奏楽部で汗を流していたが、「弱小校でした」と言う。全国大会出場に指がかかる、少なくとも部員達が本気で目指している物語を書くためには、強豪校への取材が必須となった。リサーチのすえ、吹奏楽激戦地・埼玉県で名を馳せる、県立越谷北高等学校に取材をかけた。

「進学校でもあるんですよ。夏休みに取材したんですが、三年生は受験生だし、勉強に時間を取られる。午前中は学校で夏期講習があり、昼から吹奏楽部の練習に来て、夜は塾に行く。どう考えてもしんどいんです。受験生の視点からすると昼に勉強ができないことは焦るし、吹奏楽部員としては昼以外に練習ができないことで焦ると思う。でも、彼らに話を聞いてみると、リスクを背負うことになるのは承知の上で、今の環境を自分たちで選んで頑張っていた。そこをちゃんと書いてあげたいな、と思ったんです」

 学業と部活を両立させる苦難を書き、そこで起こる選択を書く。新たなテーマを手に入れた瞬間だった。

「一方で、当時はブラック部活が表面化しつつありました。私の母校である日本大学のアメフト部が今年五月に起こした悪質タックル事件は、社会問題にもなりましたよね。ブラック部活の問題で語られていることって、日本社会の問題そのものだと思うんですよ。会社に対しても部活に対しても"一分一秒でも長く捧げた者が正しいし、美しい"という考え方だけが良しとされてきたけれど、それは間違っている。そういう人達がコンクールで勝つ、というお話には絶対すまい、と決めていました」

青春が遠くなった大人の人達にこそ

 実は、本作で試みられたもっとも大きなチャレンジは、視点だ。これまでのように少年少女の視点だけから描くのではなく、一年生部長の少年・基とともに、二五歳の新米コーチ・瑛太郎も視点人物に採用した。

「主人公の前に謎の大人がやって来て、何を考えているか分からないその人が大きな渦を起こし、そこに巻き込まれた主人公がちょっとずつ成長していって何かを掴む。この構図であれば、どんな青春小説も作れるんです。でも、それだと抜け落ちてしまうものがあるんですよね。大人の側が、子供に影響されることもあるはずじゃないですか。子供が変われば、彼らと向き合う大人も変わるはず。今まで私が書いてきた作品は、年齢が近い者同士の相互作用の話でした。今回は年齢差を付けることで、よりダイナミックな相互作用が描きたかった。たかだか高校一年生の男の子に……いえ、一六歳の男の子に言われる言葉だからこそ、二五歳の大人が救われるってこともあると思うんです」

 作家はこの四月から、大学で文芸創作の非常勤講師を務め出した。学生達を前に、教鞭を執った経験も作中に活かされていると言う。

「よくメディアで語られる"今どきの若者は冷めてる"ってウソで、ちゃんと熱いんですよ。大人は若者を絶対に舐めちゃいけないし、舐めてかかると痛い目に合うぞ、と思うようになりました」

 丸三年の作家生活で得た経験や技術も存分に発揮した。

「入れられるものは全て入れようとした結果、第一稿は四〇〇ページ分の文字数があったんです。削りに削って、三一〇ページに圧縮しました。厚さにひるんで手に取るのをやめた、となるのだけは絶対に避けたかったからです。よく私の小説は恋愛要素がないって言われることが多いんですが、推敲段階で文章に"かんな"をかけると、最初に恋愛要素が削れちゃうからなんですよ。でも、今回は"青春小説らしい綺麗な終わり方"をしたくなくて、最後の最後で恋愛絡みのエピソードを足しました。この物語がまだまだ続くことを感じてほしいなと思ったんです。こういう書き方ができたのも、今だからだったと思います」

 取材で得たリアリティと、作家としての成熟と、人生経験をすべて注ぎ込むことができた。この一作を書き上げたことで、青春小説とは何か、誰に届けるべきか、見えてきたものがあると言う。

「青春は自分から遠いものだと思っている、大人の人達にこそ私の小説を読んでもらいたいです。子供から大人になる過程で、忘れてしまった尊いものは全部、青春小説の中にある。それを読んで、見つめ直すことで、取り戻せるものがいっぱいあると思うんです」

著者名(読みがな付き)
額賀 澪(ぬかが・みお)
著者プロフィール

1990年、茨城県行方郡(現・行方市)生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、広告代理店に勤務。2015年『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞受賞。同年『ウインドノーツ』(単行本改題『屋上のウインドノーツ』)で第22回松本清張賞受賞。

〈「STORY BOX」2018年9月号掲載〉