今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『夏を取り戻す』
岡崎琢磨
東京創元社

 東京創元社《ミステリ・フロンティア》は、「次世代を担う新鋭たちのレーベル」として、二〇〇三年十一月にスタートした。第一回配本は、伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』。以降、米澤穂信、桜庭一樹、道尾秀介、深緑野分といった現在活躍中の人気作家たちが注目を集めるきっかけとなった作品をはじめ、良質なミステリーを続々と刊行し、読者から厚い信頼を得ている叢書である。

 岡崎琢磨『夏を取り戻す』は、その記念すべき第百回配本として書き下ろされた長編だ。物語は、一九九六年八月から九月にかけて起きた小学生の連続失踪事件を、ゴシップ誌の駆け出し編集者とフリーの記者が追い掛ける形で進行していく。子供たちはどこに、どうやって消えたのか。なぜ戻ってきても多くを語ろうとしないのか。残された犯行声明の意味は。そして、このような失踪が繰り返された理由とは……。

 プロローグで、小学四年生の子供たちが学習塾の帰り道、夏休みがこうしてつまらないまま終わってしまうなら"事件"を起こして自分たちの楽しい夏休みを取り戻そうと提案する場面が描かれ、序盤では子供対大人のコンゲーム的な筋書きを予想させる。ところが、第二章、第三章──と読み進めていくと、単純な知恵比べでは済まない深みや陰が次第に浮き彫りになり、肩の力を抜いたままではいられなくなってくる。

 小学四年生の子供を、失踪という大胆極まりないうえに困難をともなう行動に駆り立てた切なる想いとは。その真相が物語の肝ではあるのだが、岡崎琢磨は謎が明かされれば積み上がった問題のすべてがさらりと解決されるような展開に毅然と背を向ける。まっすぐに想うこと、強く願うことには功罪がある。そしてそれは子供にも大人にも等しく降り掛かる。この厳しい現実の先で、登場人物のひとりがたどり着くラストシーンは、読者の目頭を存分に熱くさせることだろう。

 これまで著者の代表作は二百二十万部突破の大ベストセラー〈珈琲店タレーランの事件簿〉シリーズだったが、本作によって、ついにその座を譲る日が訪れた。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2018年12月号掲載〉
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