今月のイチオシ本 ミステリー小説 宇田川拓也

白い標的 南アルプス山岳救助隊K-9
樋口昭雄
角川春樹事務所

 拳銃を持った覆面姿の三人組が、甲府市内の宝石店を襲撃。警備員二名を殺傷して奪った宝石の総額は三億七千万円相当。ところが、主犯格のひとりが宝石を持ったまま、冬の北岳の奥へと姿を消してしまう……。

 樋口明雄『白い標的 南アルプス山岳救助隊K‐9』は、山梨県警南アルプス警察署に日本で初めて救助犬を導入して創設された、山岳救助チームの活躍を描いた人気シリーズの最新長編だ。

 女性隊員の星野夏実巡査と、その相棒であるボーダー・コリーのメイ。これまでこのコンビを主軸に据え、標高三一九三メートル、日本で二番目の高さを誇る北岳を舞台に紡ぎ出されてきた数々の物語は、山岳小説としてのみならず、ヒューマンドラマ、動物小説、冒険アクション、群像劇としても読ませ、様々なジャンルを内包した多彩な魅力がシリーズの特色となっている。

 本作では、凶悪な宝石強盗を追う警察小説&持ち逃げされた宝石を奪還すべく無法者たちが北岳を登るクライムノベルという、ふたつの太いストーリーラインに、登場人物ひとりひとりにとっての重要なエピソードが絡み、クライマックスに向けて丁寧に撚り合わされていく。しかもそこに困難な山岳救助ミッションまでもが加わり、新たに投入されたジャンルの面白さとシリーズとしての揺るぎないテーマを過不足なくまとめ上げる手際は見事というしかない。こうして紡がれた血の通ったエンタテインメントは、ただ直線的に加速するだけのサスペンスには到底及ぶことのできない物語の厚みを生み、格の違いを見せつける。作中のある人物の台詞で、北岳を「ここは神の領域ですから」という印象的な場面があるが、まさに本作は、なにかを背負った、あるいは見失った者たちが神なる山に足を踏み入れることで、気づき、赦され、また覚悟を迫られる物語といえる。本シリーズを読むと、なんだか心身が浄化されたような読後感を抱くのが常だが、本作はこれまで以上に、心の曇りが拭われるような清々しさに加え、大きな満足感が全身に行き渡るような気分を覚えた。

(文/宇田川拓也)
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