今月のイチオシ本 ノンフィクション 東 えりか

PC遠隔操作事件
神保哲生
光文社

 2012年夏、各地でさまざまな犯行予告がホームページや問い合わせのメール窓口に寄せられる事件が起こった。

 横浜の小学校への襲撃、大阪の繁華街での無差別殺人、国際線飛行機の爆破、伊勢神宮爆破と物騒なものばかりだ。実際それに類する事件が起こっているため、警察は捜査を開始した。

 送信者の身元は簡単に分かった。IDやIPアドレスをたどり、4人の容疑者が逮捕されたのだ。だが容疑者たちは関与を否定する。警察の強引な捜査のために泣く泣く認めたものもいたが、そのさなか真犯人から犯行声明メールが届く。自作のウイルスに感染したパソコンを遠隔操作し、犯罪予告メールを送り込む手口を暴露し、警察は誤認逮捕を認めざるを得なくなった。後に「パソコン遠隔操作事件」と名付けられたこの事件はそうして始まった。

 顔の見えない犯人は日本のインターネット社会や警察・司法制度、そしてマスコミを相手に自分の力を誇示し挑発を繰り返した。彼の行ったゲームを覚えている人は多いだろう。真犯人を証明する者を隠した場所を解くクイズは1度目の試みは不発。2度目は犯人からのメールにあった江の島の猫のそばで徘徊していた男の姿を防犯カメラがキャッチして、13年2月、コンピュータ・プログラマーの片山祐輔容疑者の逮捕につながった。メガネをかけた気の弱そうな、見るからにオタクっぽい青年が真犯人なのか。

 その後の捜査は難航する。片山が作ったとされる遠隔操作ウイルスの痕跡や彼が真犯人である決定的な物証が出てこない。取り調べ方法をめぐる対立で捜査当局が調書を取ることができなくなり、真相究明がますます困難になる。彼のパソコンもウイルスに侵されていたのではないかという主張を覆すことができない。

 起訴後、保釈された片山は信じられない失敗を犯して自滅した。やはり彼が犯人だったのだ。

 著者は発生当時からこの事件を取材し、現代社会の脆弱な部分に気が付いた。その陥穽に社会システムが翻弄される恐怖は未だに解決されていないのだ。

(文/東 えりか)
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