今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『仕切られた女 ウラジオストク花暦』
高城 高
藤田印刷エクセレントブックス

 伝説のハードボイルド作家だった高城高は、二〇〇九年に明治中期の函館を舞台にした新作の警察小説『函館水上警察』を刊行して復活した。続編『ウラジオストクから来た女』では、ルーツを調べるため函館に来た浦潮お吟が重要な役割を果たすことになる。著者のお気に入りのキャラクターになったお吟は、『〈ミリオンカ〉の女 うらじおすとく花暦』に再登場。シリーズ第二弾の本書は、日露戦争前後の激動の時代を描いている。

 グリゴーリイ・ペトロフの養女になったお吟は、家族と共にペトロフ商会の経営に参加していた。そんなお吟の前に、旧知のロベルト・レーピンと結婚したというルイーゼ(通称ルル)が現れる。

 ペトロフ家とレーピン家は、何年にもわたって死傷者を出す抗争を繰り広げており、冒頭でお吟の秘書兼護衛の由松が刺客に襲われ負傷する。両家の闘いは物語を牽引する重要な要素になっているが、本書の魅力はそれだけではない。

 まずは、ロシア語、フランス語、英語、中国語が飛び交う国際都市として発展したウラジオストクが、丹念な時代考証と徹底したディテールで活写されていることに驚かされるだろう。日露の緊張の高まりから戦争への突入、ロシア革命の前哨戦ともいえる戦後の兵士の暴動といった激動の時代の流れを追うところは歴史小説の骨格があり、ごく普通の人たちが混迷の時代と向き合う展開は、現代と無縁でないだけに興味が尽きない。中でも、お吟とロシアの巡洋艦リューリクの海軍士官とのロマンスは、強く印象に残る。

 また、食糧難が続くヨーロッパに大豆の輸出を計画したお吟が、開通間もない東清鉄道でハルピンへ向かい、集められる大豆の量、保管する倉庫や鉄道に積み込む人員にかかる費用を計算し、輸送料の値下げ交渉なども行う中盤は、国際ビジネス小説としても楽しめるはずだ。

 世界中から人が集まるウラジオストクで暮らし、貿易に従事しているので、数カ国語を自在に操り、出身国と同じくらい他国にも気を遣っているお吟は、現代の日本人に足りないのが国際感覚であるという現実も突き付けているのである。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2020年5月号掲載〉
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