今月のイチオシ本【警察小説】

『炎冠 警視庁捜査一課七係・吉崎詩織』
戸南浩平
中公文庫

 予期せぬコロナウイルス禍の影響で開催が危ぶまれる東京五輪。可否を判断するタイムリミットは五月下旬といわれるが、さてどうなるか。一方、五輪を題材にしたミステリー小説界はというと、開催を前提にしたテロ犯罪ものが中心だが、本書は同じ五輪ものでもひと味違う。マラソンに特化したスポーツ小説趣向の犯罪小説であり、警察捜査小説なのだ。

 東京・渋谷のスクランブル交差点で、オリーブの冠を模したヘッドバンドの女性ランナーが体に装着された爆弾で爆殺される。警視庁捜査一課七係の吉崎詩織も捜査に加わるが、彼女の天敵ともいうべき偏屈なオヤジ、堀田道夫と組まされる。凄惨な現場に吉崎は吐いてしまうが、それを見た堀田に早くも足手まとい扱いされる始末。程なく犯行前日に送られてきた犯行声明の手紙から「カントク」と名乗る人物が犯人と目された。手紙にはオリーブの小枝が入っていたが……。

 吉崎たちは被害者の走行ルートの捜査から始めるが、手がかりは得られない。やがて二通目の手紙から被害者が江上理沙子という建築家であることが明らかになるが、捜査は進まず、そうこうしているうちに第二の標的が。しかし彼女、谷山望美は殺されずに済んだ。犯人は指定のルートを設定タイム内で走り切れば、命は助けるようだった。

 ポイントは吉崎自身も日本選手権の決勝まで進んだことがある短距離ランナーであること。彼女は五輪のマラソンランナー樋口舞子と幼なじみで、浅からぬ因縁もあった。それが後半がぜん生きてくる。著者はまた、前半から犯人視点の章を織り交ぜ、カントクの歪んだ軌跡をも浮かび上がらせていく。彼の犯行は加速していき、吉崎と直接対決する場面も。当初予定されていた東京五輪のマラソンコースを舞台にした後半のタイムリミット・サスペンスはスリリングのひと言だ。

 著者は二〇一六年、時代ミステリーの『木足の猿』で第二〇回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞してデビュー。本書は初の現代ものとなるが、女刑事と爆弾魔の迫真の対決を描き、警察小説でも充分勝負できることを明かしてみせた。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2020年4月号掲載〉
太 永浩 著、鐸木昌之 監訳、李柳真・黒河星子 訳『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』/ロンドンで脱北した外交官の手記
文学的「今日は何の日?」【4/6~4/12】