今月のイチオシ本【警察小説】

『黙秘犯』
翔田 寛

角川書店 本体1600円+税

 警察小説を読み馴れた読者は、つい非日常的な犯罪を求めがちなのではないか。やたら血腥い連続猟奇殺人とか。だが、いつ身の回りで起きても不思議のないような類でも、思いも寄らない真実が浮かび上がってくる事件がある。

 本書で事件が起きるのはまず千葉県船橋市の住宅街。夜の八時過ぎ、自宅にいた主婦が男女のいさかいを耳にする。窓を開けると男が倒れ、もうひとりの男が立ち去るところだった。倒れていたのは二〇歳の学生西岡卓也で、撲殺されていた。船橋署刑事課は香山亮介巡査部長を軸に捜査に乗り出すが、現場で押収された凶器と思しきワインボトルから倉田忠彦という前歴者の指紋が出た。

 倉田は館山市の民宿夕凪館の板前。香山は県警の相楽英雄警部補と組み、倉田の保護司から話を聞き、彼が愚直な苦労人であることを知る。ふたりは倉田が前に起こした傷害事件についても調べを進め、不審を募らせる。一方、船橋署の三宅義邦巡査長と増岡美佐巡査は西岡の住む館山で聞き込みを進める。親友の清水道夫らの話では、ちょっとチャラいが好青年だったという。また、事件の一〇日ほど前、夕凪館の長男友部雄二が溺死、その三日前に倉田と雄二が揉めていたこと、雄二が一か月前から船橋と館山で起きている連続婦女暴行事件との関わりを疑われていることが判明。簡単だと思われていた捜査は混迷を深めていく。

 物語は香山&相楽と三宅&増岡の地道な捜査を軸に展開していく。それ自体は誠にオーソドックスだが、聞き込みから隠された人間関係等次々に意外な事実が浮かび上がってくるのでサスペンスが途切れない。西岡殺しの捜査で地域の重要人物も絡んできて、完全縦社会の警察の弊害も浮き彫りにされていく。

 主役の香山巡査部長はポーカーフェイスの堅物。キャラクターとしてはいかにも地味だし、三宅や増岡にしても派手さには乏しい。だが、その等身大の造形が物語の進行とともにじわじわと効いてくる。リアリティ重視の滋味が読後しっかりと残る乱歩賞作家の書き下ろし長篇だ。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2019年10月号掲載〉
アイルじゃないよ、アイスだよ。
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