今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『酔象の流儀 朝倉盛衰記』
赤神 諒
講談社

 昨年二月、第九回日経小説大賞を受賞した『大友二階崩れ』でデビューした赤神諒は、戦国ものの秀作を立て続けに三冊も刊行した驚異の新人である。その新作は、越前の朝倉家を支えた知られざる名将・山崎吉家を主人公にしている。

 朝倉家の重臣・朝倉宗滴の薫陶を受けた吉家は、宗滴五将と呼ばれる武将に成長する。といっても吉家は、刀槍の技量が優れているわけでも、戦略戦術の立案能力に秀でているわけでもないのだ。

 動作が遅く魯鈍にも見える吉家だが、窮地に陥った味方を救い、前線にいるだけで兵に安心感を与える一種のカリスマ性があった。何より宗滴から受け継いだ朝倉家への忠義は誰よりも篤かった。

 重厚で忠臣の吉家は、朝倉家の将棋では使われていた駒・酔象になぞらえられている。酔象は成ると太子になり王将が取られても太子がある限り勝負が続き、相手の酔象はたとえ取ったとしても自分の持ち駒として利用できないのである。

 国境地帯での紛争はあるものの盤石な体制だった朝倉家は、五代義景の時代に台頭してきた新興の織田信長によって揺さぶられる。吉家は、巧みな戦略で信長を死地に追い込むが、義景の優柔不断もあって勝機を逃す。さらに義景から虐待を受けてきた前波吉継、庶子のため無能な異母弟の風下に立ってきた朝倉景鏡らの怨念が、朝倉家に潜んでいた裏切りと内紛の芽を大きくすることになる。

 朝倉家は、時代の変化についていけない経営者の判断ミス、危機対応より派閥抗争を優先した幹部によって衰退していくが、拍車をかけたのは、人の心が分からず恨みを増幅させた家中の体質である。この展開は、効率性を優先し個々の働き手の事情を考慮しない組織運営がいかに危険かに気付かせてくれるはずだ。

 一四歳の時に敗け戦の最前線で戦った吉家も心に傷を負い、指揮官だった宗滴を憎んだこともあったが、それを克服し宗滴の後継者になろうとした。怨念を私欲ではなく、自分を律し高める方向に昇華させた吉家は、混迷の時代を生きる現代人の心を癒やし、理想とすべき規範を示してくれるヒーローなのである。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2019年3月号掲載〉
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