今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『マーダーズ』
長浦 京
講談社

 総合商社に勤める阿久津清春は、帰宅途中、街灯の光のなかで揉み合う男女に遭遇し、女から助けを求められる。ナイフを持った背広姿の男に襲われているのは、以前に合コンめいた食事会で会ったことのある柚木玲美だった。傷を負いつつ玲美を助け出した阿久津だったが、この一連の出来事が彼女自身による企みだと、たちまち見抜く。理由をいえ。いわなきゃ──。すると玲美が囁いた。いわなければ──私も殺す?

 長浦京『マーダーズ』は、タイトルのとおり、いくつもの「殺人(Murder)」が描かれ、「ひとを殺す」という一線を越えてしまった者たちが死闘を繰り広げる長編クライムノベルだ。

 ある少女の無惨な死に関わりのある者たちを葬ったとされる阿久津と、殺人・死体遺棄事件の犯人として疑われた経験を持ついわくつきの警部補──則本敦子。この危険なふたりが、十九年前に失踪した玲美の姉の行方、そして失踪から五か月後に死体となって見つかった彼女の母親の死の真相を探ることになる。

 本作は大藪春彦賞受賞作『リボルバー・リリー』以来となる著者二年九か月ぶりの新作だが、まさに大藪春彦的といえる綿密なディテールが、まず素晴らしい。物語の厚みと現実感を増すだけでなく、大きく歪んでいるはずの阿久津や則本の性格や思考、非情さに強い説得力をもたらし、大いに惹きつけられてしまう。また、中盤以降で激化する阿久津と敵たちの手に汗握る戦いの連続も細部が秀逸で、いま読ませるアクションを書かせたら月村了衛と長浦京は双璧だろう。

 終盤で明らかになる真相は、まだ記憶に新しい現実のいたたまれない事件と重なり、読む者の心を波立たせるに違いない。痛みと苦しみに苛まれ続ける弱き者が救われる殺人ならば、それは是か。さらにエピローグを読むと、理不尽に命を奪われた報われない者のために犯した殺人は鎮魂となり得るか。そう自問せずにはいられなくなる。

 長浦京の途轍もない才能に痺れる代表作『リボルバー・リリー』に勝るとも劣らない本年必読の傑作だ。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2019年3月号掲載〉
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