第一回「日本おいしい小説大賞」募集開始記念選考委員座談会 山本一力 × 柏井 壽 × 小山薫堂 お腹を鳴らして "味"を書く

山本一力 × 柏井 壽 × 小山薫堂 お腹を鳴らして "味"を書く


物語の中で映える、 生きた"食の記憶"とは

小山 食の思い出といえば、僕は故郷の熊本県天草市で学生時代に食べていた鯛焼きが思い浮かびます。しっぽのない、円形の大判焼きのような形で、僕らにとってはそれがスタンダードな鯛焼きだったんです。ところが、「およげ!たいやきくん」がヒットした時に、一般的な鯛焼きの形を知り、「しっぽの分、おれたちは損をしていたんじゃないか!?」と愕然としたのを覚えています。「これは鯛焼きじゃなかったのか」と(笑)。

山本 でも、むしろ貴重なんじゃない?(笑) そんな鯛焼き、見たことないですよ。

小山 そうなんですよね。昨年、そのお店が建物の老朽化やら人手不足やらといった事情で閉店することになったので、実は僕が今、経営を引き継いでいるんです。著名なパティシエに鯛焼きの生地のレシピを考えてもらったり、名のあるデザイナーさんにパッケージデザインをお願いしたり、全面的にリニューアルを図ったことで売上げが以前の十倍くらいに上がりました。

柏井 それは面白いエピソードですね。結果的に小山さんは少年時代の食の思い出を守ったわけだ。

小山 僕にとっても思い出の場ですし、地元の中高生が集う場所を守れたのはよかったですね。今や天草におけるスタバのようになっていますよ(笑)。

小山薫堂さん

──さて、多くの作品が集まることが予想される「日本おいしい小説大賞」ですが、皆さんが選考されるにあたって重視されるのは、どのような点なのか、お聞かせください。

山本 通常の文学賞がストレートの速いピッチャーを求めているのだとすれば、この賞はカーブでもシュートでも、あるいは妙なクセ球でも、何か得意な球種を持っている人を受け入れられる賞だと思います。そこで気をつけなければならないのは、"生きた食"を描けるかどうか。「食べる」ことが物語から乖離してしまっていると、単なる献立表のようになってしまいますからね。逆にいえば、個性的なキャラクターを立てられて、ストーリーをきちんと描ける人であれば、食はその一部として物語に溶け込んでいくはずです。

柏井 僕は共感できるかどうかを重視したいですね。例えば先ほど、控室で山本さんと雑談をしていたところ、京都のディープなグルメ情報に非常に詳しいので驚かされました。京都在住の僕としては、「そうそう、あそこはおいしいですよね」と、もう一発で共感してしまうわけです。 小説も同じです。メニューや味、お店など、あらゆる部分で読み手を共感させられるポイントがあると思うので、それを生かせるかどうかが大切なのだと思います。

小山 私がかつて構成を手がけた「料理の鉄人」には、功罪あったと思います。一つは料理人という職業を確立させたという"功"の部分。その反面、メディアを通して大きな注目を集めたことで、彼らを迷走させてしまった一面も、"罪"としてあったでしょう。あれから約十一年を経て、現在は「RED U ‐ 35」という若い才能を発掘する料理人コンペティションを催しているのですが、以前と明確に異なるのは、昔はおいしいものをつくることに命を賭けていた料理人たちが、今は食を通して多様性を訴えたり、異文化交流を図ったり、社会貢献などの目的をもってこの世界に邁進していることです。おいしさの基準は人によって異なりますが、食べ物が大きな幸せにつながったり、あるいは食事の場が人生の分岐点になったりすることもあります。そんな食から広がる可能性を、あらためて確認させてくれる作品をぜひ読んでみたいですね。

山本 その意味で我々に求められるのは、作品を「選ぶ」ことではなく、「落とす」ことなのでしょう。最終選考に残った数本の作品から、一本を残さなければならないのだとしたら、他の作品を自分は自信を持って落とすことができるのか。とくに食というテーマの広さを踏まえれば、どのような作品が飛び出すのか想像もつきません。それぞれの人生や経験がたっぷり詰まったジャンルですから、この三人が選考会でどこまでぶつかり合えるか、今から楽しみですよ。

柏井 おっしゃる通りだと思います。世代も素性も異なる三人ですが、僕たちがお腹を鳴らすような作品を心待ちにいたしましょう。

座談会談笑

 

 

山本一力(やまもと・いちりき)
1948年高知県生まれ。東京都立世田谷工業高校電子科卒。97年「蒼龍」で第77回オール讀物新人賞を受賞しデビュー。2002年『あかね空』で第126回直木賞を受賞。著書に『損料屋喜八郎始末控え』『銀しゃり』『だいこん』『ジョン・マン』『龍馬奔る』『長兵衛天眼帳』など多数。

柏井 壽(かしわい・ひさし)
1952年京都府生まれ。テレビ番組や雑誌の京都特集で監修をつとめる。エッセイ作品に『極みの京都』『日本百名宿』『ぶらり京都しあわせ歩き』『グルメぎらい』など多数。小説作品に『鴨川食堂』『鴨川食堂おかわり』『鴨川食堂おまかせ』『鴨川食堂はんなり』などがある。

小山薫堂(こやま・くんどう)
1964年熊本県生まれ。日本大学藝術学部放送学科卒。放送作家。「料理の鉄人」(95年)「トリセツ」(2003年)は国際エミー賞に入賞。08年公開の映画「おくりびと」で 第60回読売文学賞戯曲・シナリオ部門賞、第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語映画賞を獲得。
 

お三方が選考委員を務める
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美味しい小説大賞

 

(構成/友清 哲 撮影/黒石あみ)
〈「STORY BOX」2019年1月号掲載〉

 

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