■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」〈第6回〉

■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」〈第6回〉
テレビの「警察24時」でおなじみの第一自ら隊へ。
隊員の借金問題を調査する。

CASE2 ローン、アローン:借金警察官の涙(2)


 

 4

 

 正午を過ぎ、里見たちは休憩のために用賀分駐所に戻った。みひろたちも一緒に戻り、会議室を借りて聞き取り調査を始めた。

 警視庁は都内の警察署を十の方面に区分けしており、四隊ある自ら隊もそれぞれ担当区域が違う。第一自動車警ら隊の担当は第一方面から第三方面で、これをさらに三つの分駐所で担当分けしている。用賀分駐所の担当は世田谷(せたがや)区、目黒(めぐろ)区、渋谷(しぶや)区で、ここにある警察署の管区全域がパトロールの対象となる。隊員は二人ひと組でパトカーに乗り、朝八時半から午後五時十五分までの日勤、午後二時半から翌日午前九時半までの当番、休日に当たる非番という勤務を繰り返す。当然、事件や事故が発生すれば終業時間になっても帰宅できず、非番に呼び出されるのも日常茶飯事。車両整備や書類作成などもあり、他の多くの警察官同様、激務だ。

 最初に話を聞いたのはさっきの小柄な警察官で、川口武一(かわぐちたけいち)巡査部長、三十六歳。自ら隊五年目のベテランで、職務質問のエキスパートにのみ与えられる「職務質問技能指導員」の資格を持ち、検挙数の多さで度々表彰されている。職場環境を「職質に特化した部署で、意思が統一されている。一方検挙数を巡ってはライバルで、良い意味で緊張感もある」と評し、「長くパトロールをしていると、服装や動きが人と違う、その場にそぐわないなど不審者が浮き上がって見えるようになる」と蘊蓄(うんちく)も語ってくれた。よく笑うエネルギッシュな人で、里見については「若手のエース。礼儀正しく、義理堅い」と話した。

 二人目は、前島肇(まえじまはじめ)巡査だった。二十六歳で、用賀分駐所の最年少隊員だ。

「失礼します!」

 大声と共に、前島は会議室に入って来た。みひろたちの向かい側にある机の前に立ち、背筋を伸ばして頭を下げず、視線をこちらに向けたまま上体を十五度に傾けた。左右の指は、制服のスラックスの縫い目にぴったりと添えられている。警察官の立ち振る舞いなどを定めた条文「警察礼式」に載っている「室内の敬礼」そのままのポーズで、みひろは警視庁入庁時に受けた研修で映像を見せられたが、実際にする人を見たのは初めてだ。

 みひろが驚いていると慎は、

「どうぞ。座って下さい」

 と告げ、前島は「はい!」と応え、固くオーバーアクション気味に椅子を引いて座った。

「前島巡査は、半年前にこちらに配属されたんですね」

 口角を上げて微笑みかけつつ、慎はノートパソコンのキーボードに両手を載せた。隣のみひろも手元のファイルに収められた前島の身上調査票に目を落とし、語りかけた。

「入庁四年目で自ら隊ですか。優秀なんですね」

「はい。阿久津警部、光栄であります!」

 細長い顔を紅潮させ、前島が返す。目も鼻も口も小さく地味な中、眉毛だけが太く黒々として存在感がすごい。

 褒めたのは私なんだけど。声もデカすぎだし。みひろは心の中で突っ込んだが、慎は微笑みをキープしたままキーボードを叩き、質問を続けた。

「周りは全員先輩で、常に誰かとパトカーで二人きり。職務以上に環境がストレス因子になるのではと見受けますが、いかがでしょう」

「いえ。そのようなことはありません。先輩方から時に優しく、時に厳しく、職質技術と自ら隊員としての心構えを学ばせていただいております!」

 背筋をぴんと伸ばし、つばを飛ばさんばかりの勢いで前島が捲し立てる。

 卒業式の呼びかけか。なんか、あらかじめ訊かれることを予想して答えを考えた感じ。職場環境の調査に、どうしてそこまで……ああ、そうか。閃くものがあり、みひろはファイルを机に戻して顔を上げた。

「それは素晴らしいですね。でも、職場の上下関係をプライベートに持ち込まれたりはしていませんか? 先輩に借金を申し込まれ、貸したのはいいけど返済してもらえないとか」

「いえ。そのようなことは」

 同じ答えを繰り返そうとした前島だが声のボリュームと勢いは半分になり、途中で口ごもってしまった。

 やっぱりか。手応えを覚え、みひろは横目で慎に合図をした。

 さっき慎から里見の借金疑惑を聞いた時、内通者はお金を貸した人で、自分で「返して」とは言えない事情があると感じた。そして里見は、用賀分駐所では前島に次いで若い。つまり、里見が先輩として強い態度に出られるのは前島だけということだ。

「ならいいんですが、もし心当たりがあったら話して下さい。私たちも人事一課の一員ですから、監察係といい形で連携を取って問題解決に努めます」

 監察係から飛ばされた上司と、今朝監察係のトップに説教されたばかりの部下のコンビの何が「いい形」か。自分で自分に突っ込みたくなったが、ものは言い様だし、「連携を取って問題解決」はウソではない。案の定、前島はそわそわし始めた。ダメ押しで、みひろは言った。

「大丈夫。私たちは、よりよい職場の環境づくりのために来ました。目的に反するようなことはしません」

「……本当ですか?」

 小さな目をみひろの隣に向け、前島は問うた。ノートパソコンを閉じ、慎も前島を見た。

「本当です。隊員の誰かにお金を貸していますね。たとえば、里見巡査長」

 はっとしてから、前島は頷いた。

「はい。二カ月ぐらい前から休憩中や更衣室にいる時に度々『細かいのがない』『財布を忘れた』と言われて千円、二千円と貸しているうちに、二万円以上になっていました。他の隊員にも同じように借りていて、それは少しは返しているみたいですが、自分には全く。このままだと、一生返してもらえないんじゃないかって」

 目を伏せて、落ち着きなく体を動かしながら訴える。声のボリュームと勢いは、最初の三分の一ほどになっていた。

「わかりました……今のやり取りはなかったことにしましょう。あなたは何も言っていないし、我々も何も聞いていない。いいですね?」

 慎は穏やかにゆっくりと語りかけ、「いいですね?」と問う時だけ強い目で前島を見た。前島はこくこくと首を縦に振ってから立ち上がり、

「了解であります!」

 と答え、また「室内の敬礼」をした。その勢いとうるささにうんざりし、みひろは息をついて横を向いた。

 前島のあと別の隊員を挟み、里見を呼んだ。「先ほどは失礼しました」とにこやかだった里見だが、慎が借金の件を「調査中にたまたま耳にした」と告げると顔色を変え、「事実です」とうなだれた。慎は誰にいくら借りているのかを訊ね、里見は前島の他に「同じ巡査長の隊員二名と付き合いのある用賀署の署員三名、別の署の友人五名から合計約三十万円を借りています」と答えた。前島の話と同様、顔を合わせた時に持ち合わせがない風を装って借りるのを繰り返すという方法だ。飲み物の自販機の前で五百円、千円と借りたこともあるという。

 

 


「警視庁レッドリスト」連載アーカイヴ
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加藤実秋(かとう・みあき)

1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。『インディゴの夜』はシリーズ化、ドラマ化され、ベストセラーとなる。ほかにも、『モップガール』シリーズ、『アー・ユー・テディ?』シリーズ、『メゾン・ド・ポリス』シリーズなどドラマ化作多数。近著に、『渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ』、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』がある。