滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第2話 星に願いを③

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~--02

ジュリアの彼氏・幸太は、大食漢のゴーストバスター。
仏さまのように器の大きい人物だったが……。

 幸太の説明するところだと、肉体は滅びても、電気信号である脳のはたらきは残って、空中のある層を移動するのだそうで、それを幸太は認知できるということだ。電車の中の乗客の半分が幽霊だ、などと言われても説得力はないけれど、死後に残る電気パルスというのなら、それはありかと思う。実際に電流が流れるのを感じたものだから、幸太の目がわたしの背後を見てちらちら動くとき、電気信号、すなわち死霊を見ているのかと思ったけれど、こればかりは薄気味悪くてちょっと尋ねることができなかった。

 それでも、父がぽっくり死んだあとに、東京の都心のマンションのベランダに放っておいた植木鉢からいきなり芽を出した植物のことは、幸太に話した。最初は何なのかわからないながらに、せっかく芽を出して伸び始めたものだから水をやっていたその植物は、秋のお彼岸の日に、ユリのような優雅な花を咲かせた。見たこともないその花の正体を調べてみると、それは極楽で咲くというマンダラケの花だった。マンションの周りを見回してもどこにもマンダラケらしいものはないし、目の前にあるのはレンタカーの立体駐車場で、その向こうに車道とJRの線路が走っているという都心ではあるけれど、それでも、マンダラケの種がどこからか風に吹かれてコンクリの壁に囲まれたベランダの隅の植木鉢にふらふらと飛んできて着地したということも、はるかに低い確率ではあっても、あり得ないことではない。が、しばらくして、植木鉢を机の上に移し、父の一番の心のよりどころであったおじにメールを打っていたときのことだった、突然、そのマンダラケの花が目の前でぐるぐると動きだしたのだった。思わず飛び上がると、マンダラケの花は、花芯を中心にクルクル回ってから、机の上にストンと落ちた。

 ゴーストバスターの幸太なら、「それはお父さんが会いに来てくれたんですよ」と言うだろうと思っていたし、言ってほしいとも思って尋ねたのだけれど、

「それはですね、あなたがどう考えるか、ですよ、あなたの解釈次第です」

 と幸太は言った。

 肩透かしを食らった気もしたけれど、でも、ゴーストバスターでもない人でも言うようなありきたりの返事でなくて、まともでもっともでまっとうな返事だった。だから、感心もしたし、納得もして、この件に関しては、座りが悪いながらも、ある種のクロージャーを得ることができたのは感謝もしている。確かに、幸太の言うように、物事は何でも解釈次第なのだ。

 幸太は、いつも合点できることを言った。相談すれば、公明正大な答えを出してくれると思える人だった。どうしたらいいかわからないときは、非論理的なジュリアや短絡的なモニカでなく、幸太が一番いい答えを出してくれそうだった。会うたびに、大食漢のエレクトロマグネティック・ゴーストバスターは、よく人間や人生のことがわかった、頭の切れる人だと思った。

 

 でも、幸太が未来を読めるなら、何でまた起こるべき災難を見越せなかったのだろう、そして、厄を祓(はら)うことができるなら、何でまたその災難から自分を守ることができなかったのだろう。結局のところ、彼の祈禱も、おまじないも、魔除(まよ)けも、現実には彼を守ってくれなかった。そもそもが、卵をいっときに1ダースも食べる大食漢なのだから、もっと自分の健康には気をつけておくべきだったのだ、そんな常識には、占いなんか要らない。冬のある日、幸太は、脳梗塞で倒れ、なんとか一命は取り留めたものの、40代にして寝たきりになってしまった。それから、幸太と、そしてジュリアの闘病生活が、始まった。

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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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