滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第2話 星に願いを②

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~--02

いつもいっしょにいたジュリアとモニカとわたし。
あるときジュリアにのっぴきならない事情が生じて!?

 ジュリアは、浅草寺(せんそうじ)で凶のおみくじを引いてから、機嫌がすこぶる悪くなった。浅草寺のおみくじは凶が出やすいことを知っていたのだから、止めるべきだった。機嫌を損ねたジュリアをなだめるのに苦労したし、ベジタリアンであるくせに、卵は食べてネギやニンニクは食べないジュリアに合わせて食べる場所を探すのにも手こずった。

 結局、ジュリアは「ネギは要らなきゃ除(よ)けりゃいいだけだろう」と幸太に諭されて、やっと蕎麦屋(そばや)に入ることができ、3人で蕎麦をすすった。幸太は2人前食べた。

 それから引き続き日暮里(にっぽり)や上野のあたりを1日歩き回ったのだけれど、いやはや、ジュリアは、今いるところに心はなく、次のところへ急ぎ、次のところへ着くや、再び文句をたらたら言い、また次の場所へ急ぐ、ということを繰り返すので、不平だらけのジュリアといっしょにいても、はっきり言って、ぜんぜん楽しくない。せっかく幸太がいろいろ考えて練ってくれた行程なのに、「へっ、こんなとこ」「けっ、何なの、ここは。次へ行こう、次へ」と行く先々でけなせるジュリアの気も知れない。そういえば、ジュリアと2人で旅行に行ったときも、立ち寄った郷土料理の店で、口に合わない料理で機嫌を損ねたジュリアに手こずり、宿泊したペンションでは、ベジタリアンの食事を1人前だけ特別に作るのは手間がかかるのに、「野菜だから安くつく」と言って、ああのこうのと注文し続け、英語だからわからないと思ってか、ペンションのことを臆面なく大きな声でけなし続けるし、で、ジュリアが夜に気分が悪くなったとき、ペンションのオーナーは、「われわれにできるのは救急車を呼ぶことだけです」と言った。そう言ったときのオーナーの口元が、一文字になっていた。

 幸太は、といえば、ジュリアよりもひと回り年下なのに、わがまま放題、気分屋のジュリアよりもずっと器が大きく、まるで仏さまのように鷹揚(おうよう)に構え、子供みたいにスネたりゴネたり腐ったりするジュリアをうまくなだめたりすかしたりして、場をまとめるのだった。

 その後も、何度か幸太と会うことになった。幸太の仕事場を訪れたこともある。幸太は、木造モルタルの建物の2階を間借りして、おはらいや祈禱(きとう)や占いだけでなく、気功やらマッサージやらもやっていた。ジュリアによると、始終、賃貸料を滞納しているそうだから、あんまりはやってはいないのだろう。仕事場全体に気だるい空気が漂っていた。ゴーストバスターというのは、なかなか食べていくのが大変な職業なのだろうと思う。

 が、幸太はゴーストバスターであると同時にヒーラーでもあるのだ。ヒーラーとはどういうことをするのかよくわからなかったが、幸太に、首の椎間板ヘルニアで、左の肩から後頭部にかけていつも鈍痛があることを言うと、幸太は、説明もなしにいきなり立ち上がり、人差し指をわたしの左肩に当てた。いったい何をするのかと思ったら、幸太が指を当てたところから、左半身に電流のようなものがビリビリと走るのを感じた。幸太は……指先から電気パルスを放つことができるのだ。これを気と呼ぶのか何と呼ぶのか知らないが、幸太は、「通りやすいなあ」とつぶやいたし、ということは、電流が流れたのを彼も感じたわけだから、すっかり恐れ入ってしまった。

 電気パルスを流すことのできる、エレクトロマグネティック・ゴーストバスター、それが幸太なのだった。

(つづく)
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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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