滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 特別編(小説) 三郎さんのトリロジー⑥

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ
三郎さんは、長年働いた高柳商店を辞め、
私と同じ職場で働き始めた。
しかし1ヶ月が経つころ、私は人事に呼ばれて…。

「そういうわけで、当社の規定に準じて研修期間のひと月分のお給料はお支払いしますが、仕事の方は明日付けでやめていただくことにしましたので。その旨、ご本人には先ほどお伝えいたしましたが、なにぶん、紹介していただいたものですから、一応お伝えしないと、ということになりまして」

 人事課長が締めくくった。こんな人材をよく紹介してくれたな、とでも取れるような言い方だった。

 事務室を出て、造園コーナーを見てみると、三郎さんがぼうっと苗木の列の間で突っ立っていた。何と声をかけたらいいかわからなくて、心が痛くなって、そのまま通り過ぎてしまった。


 三郎さんの姿は見えなくなり、そして、姿が見えなくなると、やっぱり思い出すこともなくなっていったけれど、何かの拍子に、たまに思い出すことがあると、心苦しくなった。

 その年の冬はいつになく寒さが厳しく、雪もしょっちゅう降ったのだけれど、3月に入ったとたん、凍っていた大気が一気にゆるむようにしてあたたかくなり、いつもより早く桜がほころび始め、3月も終わりに近づくと満開になった。銀子さんから電話がかかってきたのは、花盛りのときだった。

「お世話になった人たちを呼んで、最後のお花見でも、ということになって」

「最後のって?」

「高柳も、今年度いっぱいで閉店することになったのよ。社長も年だしね。見切りを付けてさっさとやめたあなたには先見の明があったのよ」

 最初から3か月の契約だったからで、別に、見切りを付けてやめたわけではなかったのだが。

「ね、来たら、まずは給湯室に寄ってちょっと手伝ってくれないかな」

 3か月しかいなかったのになぜわざわざ呼んでくれるかと思ったら、何のことはない、銀子さんは手が借りたいだけだったのだ。でも、その日はほかに予定もなかったし、お花見日和のあたたかい日だったので、高柳に出かけた。

 さっそく給湯室へ行くと、銀子さんは、いそいそと潮汁(うしおじる)の準備をしているところだった。給湯室には、花菱から届いた塗りのおわんが四角いトレイに並べられていた。おわんにはハマグリが1つずつと三ツ葉が入っていて、上からポットの潮汁をそそぎ入れる仕組みらしい。

「あ、いいところへ来た」と銀子さんは言った。

「ね、流しにたまった茶わん、洗ってよ。紙コップを使ってもいいんだけど、すると、せっかくの花菱のお弁当が台無しでしょう。洗い終えたら、ポットといっしょに外へ持ってきてね」

 と言うや、待ってましたとばかり、そそくさと汁茶わんのトレイを2段重ねて外へ出ていった。

 窓の外に目をやると、桜の下、コンクリ舗装の上にゴザを敷いて、そろそろお花見の宴会が始まるところだった。社長と専務と営業部長と中村さんと、会ったことのない人が3人いた。

 高柳の桜の木はものの見事に満開で、花びらがちらほらと舞い降りている。

 三郎さんがいると気付くのに、少し時間がかかった。よく考えたら、三郎さんが呼ばれないわけがない。三郎さんは長いこと高柳にいたのだ。

 ピンクが渦巻く真っただ中、三郎さんは黒い染みのように沈んでいた。ほかの人たちは三郎さんのことなどまるで忘れたかのようだった。三郎さんは、そこにいるのに、その存在を忘れられる人だった。

 三郎さんに、いったい、何と言ったらいいだろう。ゼニガメの件にしろ、ホームセンターの件にしろ、三郎さんには迷惑をかけっぱなしだった。洗った湯飲みをお盆にのせて、なるべく三郎さんの方は見ないようにして、外に出た。
 

(つづく)
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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。