滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第7話 カゲロウの口③

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第7話 カゲロウの口③
年を取ったら、わたしも
日本に帰りたくなるのだろうか。
そして、わたしはどんな死に方をするのだろう。

 でも、人付き合いをいっさいしない、偏屈の、アマノジャクの、ネクラのひねくれガンコじいさんでも、やっぱり人恋しいのだ。なぜなら、外へ出かける気分になったときに散歩の場所に選ぶのは、木立ちや噴水のある緑の公園でなく、車の流れと人通りの多いゴミゴミした大通りだから。

 屋台や店の並ぶ、けっして景観がいいとはいえない一番街を何でまたわざわざ選んで散歩するのだろうと思ったら、その方がおもしろいじゃないか、とミスター・アロンソンは言った。どうやら、人のたくさんいる、活気のあるところに惹(ひ)かれるらしかった。新聞も、テレビも、ラジオも、人付き合いもまったくない生活。そんな生活をよく我慢できるよなあ、と思っていたけれど、次から次へと無駄だとか無意味だとか言って切り捨てていった結果、最小限の必要な日課を淡々とこなすだけの味気ない毎日に、ミスター・アロンソンは退屈していたのだ。そして、退屈していた以上に、孤独だったのだ。

 やがて、ミスター・アロンソンは、南米のウルグアイに移住しようかと考え始めた。ウルグアイは、ミスター・アロンソンが学生時代を過ごしたところだった。大学時代は、ミスター・アロンソンの人生でもっとも楽しい時期だったようで、ウルグアイの話をするときだけ、ミスター・アロンソンの強張(こわば)った顔が、心なしゆるむ。

「学生時代の知り合いは、ほとんどみんな死んでしまったろうが、ウルグアイ人はフレンドリーだし、人が集まるカフェへ行けば人と話ができる。耳が遠くなったけれど、スペイン語は、英語よりも聞き取りやすいから話もしやすい」と言っていることからみると、やっぱり人恋しいのだ。

 それじゃ何でスタイヴェサントのシニアの人々と交流しないのかというと、娘のミーガンによると、「父さんが付き合えるのは、東欧出身のユダヤ人ぐらいしかいないからよ」ということだ。そんな話を聞くと、アメリカで外国人として生きること、アメリカで年老いることを、思う。ミスター・アロンソンは、アメリカでアメリカ人と結婚して、アメリカ人として育った子供を持ち、仕事を持ち、生涯の大半を過ごしたけれど、純粋にはアメリカに同化せず、死に場所として生まれ育った文化圏にある、若かりし日の思い出の場所を最終的に選んだ。知り合いのベルギー人のガン研究者も、超一流の研究機関で専門職について、アメリカの市民権を取り、アメリカに永住するつもりでいるけれど、それでも、ヨーロッパを恋しがっていて、アメリカでは友達ができない、孤独だ、と言う。彼は欧米文化圏の出身なんだから、わたしなんかよりずっとアメリカに同化しやすいと思うし、なにしろノーベル医学賞を受賞した元同僚から、受賞発表の翌日、わざわざ電話がかかってきて、「君の助けがなかったらノーベル賞は取れなかった」と感謝されるぐらい立派な、やりがいのある高度な研究をしているのだ。「お仕事は何ですか」と訊かれるたびに説明に困るわたしなんかとは違う。なのに3人の弁護士を使った奥さんに財産の大半を取られて離婚してからは、もっと孤独になり、今後のことを心配している。

 年を取ったら、わたしも日本に帰りたくなるのだろうか。そして、わたしはどんな死に方をするのだろう。


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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。