滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第7話 カゲロウの口②

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第7話 カゲロウの口②
カゲロウには口がない。産卵すると、
摂食することもなく、そのまま死んでいく。
カゲロウは何のために生きるのだろうか。

 そういえば、仕事を始めては全然やる気がなくて辞めて(あるいは辞めさせられて)、かと言って毎日ぶらぶらする生活も退屈で、鬱で悩んでいたトーマスなんか、前立腺ガンと診断されたときに鬱がもっとひどくなるかと思ったら、全然そうじゃなかった。

「当面はガンと闘うという使命ができて、目的意識を持つことができた」と言って、鬱から脱却するという、アイロニカルなことが起こったのだ。ガンの宣告を受けて、急に人生がいとおしく見えてきたのだろう。

 行き先のないことは、本当に大変だ。行き先がないと、ミスター・アロンソンでないけれど、外出する気にもなれないし。

 行き先がなく、することがないミスター・アロンソンはいろんなことに敏感になって、アパートは「暑すぎる」か「寒すぎる」かのどちらかだ。だから、スチームが入るたびに温風機を止め、スチームが切れると温風機をつけ、ということをしなければならなくなって、おちおち寝てもいられないとこぼす。作った入れ歯も、どんな調整をしても合わず、歯医者とケンカして郵便で送り返したし、補聴器に関しては、かれこれ1年いろんなところで既製品を購入したり、特注したりしては、「まったく役に立たない」と言って返品している。

 本も、オンラインで買うたびに「字が小さすぎるから」「全然おもしろくないから」ということで、返品する。薬を返品するときは、レシートがなくて薬局には返品できなかったので、メーカーに電話をかけて返金させた。その際、薬は返品しなくてすんだので、その、返品しなくてもすんだ薬をわたしにくれようとした。そんな、ワケのわからない薬なんか、わたしだって要らない。

 食べることも徹底していて、塩とカルシウムはいっさい取らないことにしているから、外食もテイクアウトもいっさいしない。朝は牛乳なしオートミール、昼は塩なしスープ、夜はアボカドとトマトと玉ネギを混ぜて作ったワカモーレという献立を、毎日、性懲りもなく、365日繰り返している。あるとき、ポテトチップスの袋があるのを見てびっくりしたのだけれど、ミスター・アロンソンが1枚1枚、水にふやかして塩気を取って食べているのを見て納得した。

 とにもかくにも、超ストイックな人なのだ。しかも、この超ストイックな生活をエンジョイしているのならまだしも、苦々しく思っていて、「年を取ると、楽しみなんかまったくない」「辛いことばかりだ」「おもしろくない」と口が酸っぱくなるほど言い続けている。

 たまに、ちょっとおいしいものをちょっと食べて、ちょっとおいしいなと思って一瞬幸せになって、そして、その結果、人生がちょっと短くなったって、その方がずっといいじゃないかと思うのだけれど、なぜかミスター・アロンソンは、辛い苦しい人生でも1秒でも長引かせたいのだ。ひょっとしたら、「できるだけ長く生きる」ということが生きがいになっているのかもしれない。「年老いたら苦しいことばかりの連続だ。神は、年寄りを惨めにさせて、早く人生を終わらせたくなるよう仕向けるという慈悲深いことをなさる」という発言は、矛盾していると思う。閉めっきりの、何ともいえない匂いが充満しているアパートで、ひとり沈殿しているミスター・アロンソンを見るたびに、年を取るということは辛いことだと思う。

 が、ミスター・アロンソンは恵まれているのだ。スタイヴェサントは、緑に囲まれ、マンハッタンにいながら郊外にいるみたいなところで、暖かいシーズンは、屋外映画やグリーン・マーケットや音楽祭もある。木陰のベンチでお年寄りが集まって井戸端会議をしたり、子供たちが遊園地ではしゃいだり、と、マンハッタンにいながらにしてご近所同士の付き合いができる稀有(けう)な場所なのだ。ベンチに座っているだけで、どんなにたくさんの人と知り合えるかわかりゃしない。ミスター・アロンソンも、時には外へ出てベンチに座って話し友達を作るべきだと思う。

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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。