滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第5話 鳴きまね名人③

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第5話 鳴きまね名人③
夏になるとニューヨークへやって来る笑田さん。
彼がふにゃふにゃとぼやいた独り言が、
心に突き刺さって忘れられない。

「忙しい、忙しい」と笑田さんは口グセのように言っているけれど、ほんとはそんなことはない、なぜなら、笑田さんは、鳥の話をよくするからだ。いろいろな鳥をじっくり観察して鳴き分けができるようになるほど、笑田さんには時間に余裕があるのだ。笑田さんから聞いた話の約半分は、鳥に関する話だったように思う。

 たとえば、笑田さんが餌付けしたメジロだが、ある朝、バタバタあばれるのを笑田さんは聞いた。笑田さんが駆けつけると、首なし死体が鳥カゴの中に残されていた。モズが鳥カゴのすき間からメジロの首だけちぎっていったのだ。モズというのはかなり獰猛(どうもう)な鳥らしく、餌を串刺しにするという。笑田さんの庭の木の枝にも、串刺しされたトカゲがあったそうだ。それ以降、笑田さんがメジロの餌付けを続けたのかどうかは、訊(き)いていないから、知らない。

 ハトは、笑田さんの家の軒に巣を作り、卵まで産んだそうだ。が、カラスに食べられてしまったので、次に卵を産んだとき、笑田さんは、卵がカラスに食べられないよう、網だか何だかを張ったそうだ。そこでヒナは無事にかえり、すくすくと育っていった。初めて飛んだとき、ヒナは、ふらふらと落下したが、だんだん飛ぶことを覚え、文字通り、巣立っていった。どこへ行ってしまったか、もうヒナは帰ってこない。でも、親バトたちはまだ巣に帰ってくる。

 鳥にまつわるそんなこんなを事細かに笑田さんは語ってくれた。笑田さんにとって、鳥の存在はかなり大きいらしいことがわかった。それは、生き物が笑田さんの心のすき間をちょっとでも埋めてくれるからだ。

 うちの父もそうだった。父からも、ひとりで住んでいた田舎のアパートの軒先にハトが巣を作った話を何度か聞いた。そして、父もやっぱり会う人も行くところもすることもなく、ひとりの時間を持て余していた。「家事をするのが、楽しくもあれば、寂しくもあります」と、父は手紙に書いた。あんまりすることがなくてめげているようだったから、「図書館で本を借りて読んだら」と言っておいたら、父がぽっくり孤独死していたアパートに図書館から借りてきた本が3冊あった。それは『マディソン郡の橋』と『軽井沢夫人』と『"マディソン群の橋"の心理学』だった。父は戦争ものや歴史ものが好きなのだと勝手に思い込んでいたから、意外だった。人恋しかったのかなと思うと、心が痛んだ。読んだのか、読まないうちに亡くなったのか、知りたいとも思ったけれど、そんなことを知っても何の意味もない、コンビニに行って、図書館へ宅配便で返却した。


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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。