滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第1話 25年目の離婚 ①

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~--01

世界に目を向けてみれば、あなたの悩みなんてちっぽけかも。
アメリカ発、こじらせまくりの新感覚エッセイ、連載スタートです!

 付き合い始めたスジョンは、ずうっと外国にあこがれていて、何とかして韓国の外へ飛び出したいと考えていた女の子だった。でも、財力も専門知識もキャリアもないスジョンが自力で海外へ飛び出すのはほとんど不可能に近かった。だから、スジョンは、高校を出てから目の整形をして、外国人と出会える店で働いていたのだ。ポールには、年齢を釣り合わせるために二十八とウソをついたけれど、当時スジョンはまだ二十(はたち)になったばかりで、すでに何人かの外国人と出会い、ドイツ人とは同棲して妊娠し、中絶もしていた。それで、ポールが韓国滞在をいったん終え、アメリカにしばらく戻るころには、スジョンはぽつぽつと切り出すようになっていた──シカゴには以前出会った男がいて、アメリカに行きさえすれば、男を頼ってシカゴに移れる。何とかアメリカに行く手立てはないだろうか。

 デートを重ねるうち、スジョンに好意を抱くようになっていたポールは、何とかスジョンの夢をかなえてやれないものかと考えた。何しろ、ポールは、親切になりたい人、なのだ。親切になりたいばかり、先々のことを深く考えずに安請け合いしてあとで困る、ということを今でも時々やっている。これまで何度も窮地に陥ったのだから、もう少し慎重になってもよさそうなものだけれど、親切な人でなければならないということは、もうポールの思考回路にプログラムされていて、スジョンの場合もひと肌脱いでやりたいと思い、いろいろ考えた末、婚約ビザでスジョンをアメリカに連れて行くというアイディアを思いついた。無鉄砲な手立てではあったけれど、婚約解消ということは実際にあり得ることだから、アメリカに渡ってから別れればいいとポールは考えたのだ。渡米後、スジョンは速やかにシカゴの男のところに移り、そこから二人は別々の人生を歩む、という手はずだった。

 次の出張で韓国に渡った際にスジョンを連れて婚約ビザでアメリカに戻る計画をスジョンと練って、とりあえずいったんアメリカに帰国したポールにスジョンから電話がかかってきたのは、再び韓国に出張する日程が決まってからのことだった。

「今度来るときは、ご両親と来たら?」と電話の向こうでスジョンは言った。「親孝行をしてみたらどう? ご両親が韓国にいらしたら、いろいろ観光案内もするし」

 本来なら、スジョンを婚約ビザで渡米させる計画は二人だけで速やかに行うはずだったものだから、ポールは、親を巻き込むことになるスジョンの申し出にひるんだ。でも、よく考えてみたら、両親はアジアに行ったこともないし、長らく海外旅行をしたこともない。ここで韓国旅行のプレゼントをして親孝行してみるのも悪くないかもしれないとポールは考え、両親に航空券をプレゼントし、いっしょに韓国へと旅立った。

 ところが、韓国に着いたポールと両親には、予期しない展開が待ち構えていた。スジョンに案内されて行ったのは、二百人のゲストが待ちかまえる、ほかの誰でもない、ポールとスジョンの結婚式だったのだ。

(つづく)
 
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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

 
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