◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈後編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈後編〉
東京税関東京外郵出張所で発見された大量の小箱の中身は……!?

「さてと、包み直さなくちゃ」

 検査台の上に一杯に広げられた品々と梱包材を見下ろして、横川が溜め息交じりに言った。開けた以上は元通りにしなければならないのは当然だが、今回のような怪しげな貨物の場合はやるせない作業だと槌田は思う。

「あとは二人でするから、検査に戻って下さい」

 英の気を利かせた提案に、「じゃあ、お願いします」と、遠慮することなく横川は応じる。

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 笑顔でお礼を言うと、すぐさま貨物検査へと戻っていった。

「元通りに梱包し終えたら保管室行きのカゴ台車に乗せます」

 英は検査台の上に整然と並べられた大麻の実を、手で集めてアルミ製のケースの中に入れた。その上に紙を詰めて蓋をし、さらに梱包材で包み直していく。槌田も同じように梱包を始めた。アルミの厚みは想像以上に薄く柔らかく、わずかな力でも箱が変形してしまう。歪んだままでは蓋が閉まらないので、紙を詰め込んで形を元通りに戻そうとする。だがどうしても湾曲は残ってしまう。どうせ権利放棄だと分かっているだけに、空しい作業をしていることに腹が立ってきた。

 今回の受取人はどう考えても怪しい。けれど税関が受取人に送るのは簡易書留のはがき一枚のみだ。受取人は権利放棄か返品のどちらかを選ぶだけで、それで終わりとなる。組織犯罪対策課から出向してきた警察官の身としては、やはりすっきりはしない。ようやく一つ梱包を終えて二つ目に取りかかる。また歪めてしまった。

「はがき一枚か」

 苛立ちから、つい本音がこぼれ出た。

 非加熱の実だったら、大麻取締法違反で単純所持で五年以下の懲役、営利目的ならば七年以下の懲役で、二百万円以下の罰金の併科となる場合もある。

 受取人は非加熱の麻の実を輸入しようとしたに違いない。槌田はそう確信していた。今回は、送り人に騙されたという悪運で罪に問われなかっただけだ。

「受取人の住所や氏名は記録しています」

 英の声が聞こえて手を止めて見る。元通りに梱包し直す英の手つきは手際が良く、仕上がりも綺麗だ。作業は止めずに英が続ける。

「犯罪に拘わる者をすべて逮捕してその罪を問いたい。もちろん私もそう思っています。ですが末端の個人を逮捕することよりも、国内に不正薬物とその原料になる物を入れないことが最優先するべきことです」

 不正薬物所持や使用での逮捕者は後を絶たない。だが不正薬物の国内自給率は限りなくゼロに近い。すべては海外から持ち込まれた──密輸された物だ。言い換えると、国内で発見された不正薬物は、税関が見過ごした物になる。

「見つけだして絶対に阻止する。それが税関の仕事です。大本を断つことが出来れば不正薬物絡みの事件は起こらないですから」

 言い終えて英が口を噤んだ。

 槌田は今まで英から様々な補足説明を聞いてきた。話し方も声も、それらと何一つ変わってはいないように思える。だが梱包しているアルミ製のケースを見る英の目は鋭く厳しい。 昨日電車の中で見つけた記事に映り込んでいたのは、やはり英だと槌田は思う。税関に転職した理由も予想出来た。英自身がいうところの、大本を断つためだ。

 優しげで如才のない優秀な男。それが英の印象だった。だがそれだけではないと槌田は気づいた。

 本人に確認を取らない限りは、まだ憶測の域をでないのは分かっている。だがデリケートな内容だけに、どう話して良いのかが分からない。

「さっさと片付けましょう」

 止まった手を指摘されて、梱包作業に戻る。しばらく無言が続いた。会話が途絶えることなど、別におかしくもない。けれど意識してしまっただけに、槌田にはこの沈黙がいたたまれない。だがかえって集中することになったので作業自体の進みは早い。アルミ製のケースに続いて、水牛のブレスレットとペンダントの包装も終わった。あとは段ボール箱に詰め直して蓋をテープで止め直し、保管室行きのカゴ台車に乗せれば終わりだ。

 そのとき、入り口付近から何か物音が聞こえた。目をやると紺色のキャップと同色のつなぎを着た男性二名が見える。

「麻薬探知犬ですね」

 英の声に移動して見ると、低い位置に黒いラブラドールリトリバーの姿があった。羽田国際空港で見た検疫探知犬は胴体に所属名の入った布を巻いていた。だが麻薬探知犬は巻いていない。

「胴巻きはしていないんだな」

「入国検査場に検査出勤するときは、東京税関と名前の入った胴巻きをつけますが、あとはしていないんじゃないかな」

 麻薬探知犬は、空港や港の荷物を運ぶソーティング場、貨物保税地域、税関検査場、入国検査場、国際郵便局に検査出勤している。そのほとんどが税関職員や関係者しかいない職場だ。背中に所属名の入っているつなぎを着ているハンドラーが連れているのだから、犬に胴巻きは不要なのだろう。

 しっぽを振りながらラブラドールリトリバーが未検査の貨物の積まれたカゴ台車へと進んで行く。

「ライクかな」

 「もしかして、全部の名前を覚えている?」

「全部ではないですけれど、よく会うので、自然と覚えちゃうんですよ。ライク、クイック、クローン、ウォーレン、ギニー、ジャム、アトム」

 指を折りながら英が名前を言っていく。

 そういうものかと思いつつも、犬の名前まで判るものだろうか? 全身や顔まで見えるのならばさておき、距離はかなり離れている。東京税関の麻薬探知犬に黒いラブラドールリトリバーが一頭だけならば、名前まで当てるのはおかしくはない。

 だが警察犬で考えても、犬種としてラブラドールリトリバーの数は多いはずだ。

「ライク、嗅いで」

 ハンドラーの声が響いた。

「あ、やっぱりライクだった。当たりました」

 嬉しそうに言う英の横で、この当たりはおそらく偶然ではないのだろうと、槌田は思った。

 ライクが率先して未検査の貨物が積まれたカゴ台車に近づく。

「検疫探知犬と同じく、見つけたら横に座ります」

 ナレーション状態の英の説明が聞こえる中、ライクが職務を果たし続ける。

「そうだ! 大切なことをお知らせしてませんでした」

 珍しく英が焦った声で言う。

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日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire's Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。