◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈後編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈後編〉
東京税関東京外郵出張所で発見された大量の小箱の中身は……!?

 カッターナイフで止められたテープを切り、検査台の上に斜めに持ち上げた。袋の中からエアーパッキングの小袋がいくつも滑り出て来る。どれも白、黒、茶、まだら模様の円や楕円や四角形のペンダントトップに革紐がついているだけのネックレスだった。横川は一つ一つトップの部分に指を滑らせ、臭いを嗅ぎ、さらには検査台に打ちつけて音を確認していく。すべて終えてから「水牛ですね」と、微笑んで言った。

 トップは滑らかで槌田の目にはプラスチック製のようにも見えた。どこで見分けられるのだろうと、検査台に身を乗り出そうとすると、気づいた横川が紐の部分をつかんでネックレスを持ち上げてくれた。だが横川の身長は槌田より三十センチ近く低く、ペンダントトップの位置はかなり槌田から遠い。どうしたものかと思っていると、紐の部分なら持っても大丈夫ですと言われ、ありがたく受け取る。

「あんまり出来の良い物じゃないですね。臭いもあるし、粉も吹いているし、欠けている部分もあるので。プラスチックでは、こうはならないんです」

 実際にトップを鼻に近付けると、生臭さに化学的な臭いの混じった嫌な匂いがする。見た目も横川の言う通りだ。背面には白い粉が吹き、ところどころ凹みがあった。

「これも違うなぁ」

 もう一つの袋を耳元で振って横川が言う。

「こっちも開けます」

 個別包装されていたのはブレスレットだった。こちらも水牛の角製のようで、十個すべて微妙に色合いが違う。

「これもはずれか。残るはこれだぁっ!」

 横川は勢いよく言いながら、箱状の包みを指した。まずは一つ持ち上げて耳元で振ってみる。いよいよだと槌田も耳を澄ます。だが何一つ音は聞こえない。梱包を解くと、銀色の蓋付きの小さな金属ケースが出て来た。

「金属だよな?」

 だとしたら、そこそこの重量がありそうなものだ。

「アルミ製なので重くはないです」

 インドネシアではアルミ雑貨が数多く作られていて、お土産として人気があるのだと英が説明してくれた。

 上蓋を開けると、中には硬く丸められた紙が詰められていた。

「アルミは柔らかいから、潰れないためにはこうするしかないですね」

 横川が摘まみ出す。ケースの中には何もない。 

 怪訝な顔で「あれ?」と横川が声を上げた。

 すべてのケースに紙が詰まっているのならば、横川の聞き間違いということになる。二つ目、三つ目と梱包を解いていく。二つとも紙が詰められているだけだった。

「勘違いだったかも。しくったー」

 きゅっと顔を顰めた横川が四つ目を試す。そのとき、さらさらと小さな音が聞こえる。

「今のって」「それですね」「やっぱりー!」

 三人がいっせいに声を上げた。横川は嬉しそうに梱包を解いて行く。上蓋を外して紙を取り出すと、底の部分に黒褐色の粒がいくつも入っていた。近くで見ようと身を乗り出しかけた槌田の前に英の背が立ちふさがっていた。

「いいですか?」

 今まで聞いたことのない鋭い声で英が訊ねる。すぐさま横川がケースごと英に手渡した。目の前にケースを持ってきて英が中の粒をじっと見つめる。指で一粒摘まみとり、手触りを確かめ出した。槌田は首を伸ばしてケースの中を覗き込む。今度はしっかりと見ることが出来た。やや平たい卵形の長さ4~5ミリ、幅3~4ミリの黒褐色の粒だ。それが何か槌田は知っていた。大麻の実だ。

「非加熱か?」

 日本国内において大麻の所持、栽培、使用は違法とされている。だが古くから大麻草の茎の部分は麻織物や麻縄に利用されているし、実は鳥のエサや七味唐辛子、機能性食品として日本国内で流通している。その理由は大麻取締法が大麻草全体を規制対象にはしていないからだ。

 大麻草全体に幻覚作用等の有害作用を生じさせるTHC(テトラヒドロカンナビノール)が含まれている訳ではない。THCは大麻草の樹液や花や葉に多く含まれているが、成熟した茎や種子にはほとんど含まれていず、それらは規制対象から外された。つまり大麻の実を輸入、所持、流通させても違法ではない。

 ただし外国為替および外国貿易法(外為法)輸入貿易管理令の輸入公表に定める、関税関係法令以外の法令により輸入に関して許可や承認等を必要とする通関時税関確認品目として、熱や放射線により発芽しないよう処理された物に限られている。

 輸入の際は使用する港や空港を管轄する地方厚生局麻薬取締部、地方厚生支局麻薬取締部又は地方麻薬取締支所が発行した熱処理証明書がなければ輸入は出来ない。発芽可能な種の輸入が認められる例外は大麻研究者免許を持つ者が厚生労働大臣の許可を受けた場合のみとされている。

 無言で英がケースを差し出した。指を伸ばして槌田も一粒摘まむ。

 組織犯罪対策課在籍時に、薬物所持犯の逮捕は何度か経験したので、煙草状の大麻草などの実物は見ている。だが大麻栽培犯を検挙したことはない。実は実地のための座学で写真を見ただけだ。だから手にしている実が非加熱かどうかは槌田には分からない。

 英が検査台の上に一粒置く。スーツのポケットから革製のケースを取り出した。留め具を外して出したのは銀色の鍵だった。鍵を粒の上に置いて上から体重を掛けてから鍵を退かす。流れるような動作だ。手慣れている。

 潰れた実を、今まで見たことがないほど鋭い表情で英が見下ろしている。

「つかまされましたね」

 そう発した英の表情には直前までの厳しさはどこにもない。それまでどおりの如才のない穏やかなものに戻っていた。

「非加熱ならばもっと水分がある。これは加熱処理済みです」

 潰れた実は粉状だった。英の言うように水分があるとは思えない。

 横川が残る十六個の梱包を解いて行く。最終的に三つから大麻の実が出て来た。検査台の上に一粒ずつ、すべて並べて数える。全部で五十粒あった。そのうちの半数近くが英の手によって潰されていた。どれも粉状に砕けている。

「五十ぴったりというのが、もう怪しいとしか思えないんですけど。でも加熱処理済みだし、あとはお知らせコースですよね」

 口をへの字に曲げて横川が言う。

 熱処理証明書があれば、あとは正しく関税さえ支払えば加熱処理済み大麻の実は輸入出来る。だが今回は証明書がない。そもそもラベルに表示もされていない。それに現段階では受取人が意図して入れさせたのか、それとも知らなかったのかも分からない。

 問いあわせたところで、確実に知らなかったで終わるだろう、と槌田は予測する。

 この場合は、貨物の中に法に触れる通関できない物が紛れていたとなるか、あるいは確認のために保留となり、受取人に『外国から到着した郵便物の税関手続のお知らせ』を簡易書留はがきで送る。あとは受取人が権利放棄するか、返品するかを選ぶだけだ。

「非加熱の場合は調査部検察部門の出番です」

 にこりと微笑んで横川が言う。

 犯則調査を担っているのが、槌田が今在籍している調査部検察部門だ。

 非加熱の大麻の実が発見された場合は受取人の情報を警視庁、または受取人の住所を管轄する県警、さらに厚生労働省の麻薬取締部に通達し、協力のもと受取人の所在地を確認に行き、照明器具や植木鉢、肥料、栽培マニュアルを用意するなど栽培目的が疑われる場合は、栽培予備罪で摘発することになる。

次記事
前記事
日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire's Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。