◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈後編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈後編〉
東京税関東京外郵出張所で発見された大量の小箱の中身は……!?

「いや、年長者として、若い者に教えられることもあると言おうとしたんだが、警察は癖の強い人が多くて、そうでもないなと思って。でも泉水さんは違うな。人生という意味でも良い先輩な感じが」

 最後まで言わなかったのは、英の微妙な表情に気づいたからだ。

「癖が強いのとは違うんですけれど」と、前置きしてから英が話し出した。

 泉水は旧財閥と繋がりのある資産家の一人息子で、若くして両親を亡くし、働く必要がないほどの潤沢な遺産を受け継いだという。大学卒業後は美術館の学芸員の職に就いていたが、ものの一年で辞めて税関へ転職を果たした。

「学芸員って、芸術品とかを扱う職業ですよね? なんでそれがまた」

「工業製品が好きだそうで。ブランドの価値を守りたいという理由で税関職員になったと伺ってます」

 ブランドの価値を守ることと税関の知的財産調査官の仕事は直結するのか? と、槌田は悩んだ。とは言え、贋物を見つけ出すことはブランドを守ることに繋がるのだからいいのだろうと自身を納得させる。

「知的レベル、芸術への造詣、経済力、人脈。どれも浮き世離れしていて。一例を挙げると、国内で工業美術品の展覧会を開催するとき、個人所有の物を借りることはよくありますが、そういうときに所有者から通関の立ち会いは泉水さんに頼みたいと依頼が入ることが珍しくなくて」

 海外から日本に物を輸入する際には商品価格と輸送費用と保険料を足したCIF価格に対して、関税や輸入消費税8%が課税される。だが輸入した外国貨物を関税などを課さないままで、簡易な手続きにより展示したり、使用したりできる特殊ケースがある。美術展やモーターショーなどの展覧会の場合だ。主催者が東京税関に申請し、保税展示場の許可を得、その中で展示する場合のみ認められている。

 美術品を通常通りに課税していたら、関税だけで何億円にもなる。主催者が収益を黒字にしようとしたら、観覧チケット代はとんでもない高額になってしまう。だが展示場が保税展示場ならば関税等は課せられない。その分、チケット代は安価にできる。日本の関税法は、国民の知識や生活が豊かになることを見据えて決められているという側面も持ち合わせている。

 ただし、法に則って課税はされないものの、通関自体は行われる。そのときに自分の所有物の通関を任せるのならと、泉水は名指しされるということだ。

「個人的に交友があるってことだよな?」

 頷くことで英は答えに代えた。

「去年、車のイベントで世界に数台しか現存していないフェラーリが展示用に輸入されたときも、イタリア人のオーナーから名指しされていました。ちなみに値段は五十一億円と聞いています」

 価格もそこまで高いと、槌田にはもはや何の感慨もない。

「確かに、一般人の人生の先輩としては参考にならないな」

「それも含めての先生です」

 潜めた英の言葉に、槌田は深く納得した。

 

 仕出し弁当の昼食を終えて、午後はまた通関部門へと向かう。大量の国際貨物の検査を検査官が粛々と行っていた。工場のラインのようだと槌田は思う。違うのは、流れてくる貨物の大きさや外装は画一ではないというだけだ。

 二番コンベアーにさきほど会った横川がいるのを見つけた。流れてきた三十センチほどの小型の段ボール箱を横川が検査台に移した。ラベルを見つめた横川が、段ボール箱を持ち上げて振り始める。側面に耳を当てているということは、音を聞いているのだろう。ひとしきり振って、横川が検査台の上に戻した。隣の駆動コンベアーに載せれば異常なしだ。だが横川は段ボール箱を抱えてX線検査装置へと移動する。槌田と英が足を踏み出したのは、それとほぼ同時だった。

 X線検査装置のディスプレイには、上下に袋状の物と、その間に梱包された長さ五センチほどの平らな箱状の物がいくつも詰め込まれている画像が映し出されていた。袋状の物の中には紐の取り付けられた三角形や四角形の塊がいくつも見える。

「これはアクセサリーかな?」

 ディスプレイに顔を寄せて英が言う。

「ラベルにはインドネシアからの雑貨ってなってるんで、水牛の角のネックレスとかじゃないかと。水牛の角のアクセサリーって流行っているんですよ」

 女性のアクセサリー事情に疎い槌田にはピンとは来ない。

「若い子にではなくて、マダムの間で人気なんですって。天然素材だから汗や水に強いし、同じ色味の物は少ないから特別感もあるし、何より大きさの割に軽くて肩が凝らなくて良いそうです。ここ近年、輸入量は増え続けていますよ」

 横川の説明を聞いてなるほどと思いながら、間に挟まれた小さな箱状の物へと槌田は目を移す。

「こっちはなんだろう」

「小物入れかな。開けてみないと分からないですけれど」

 言いながら横川は段ボール箱を検査台へと移す。ベルトポーチからカッターナイフを取り出してテープの上に当てた。

「ちょっと軽いかなと思って。持ち上げて振ってみたら、何か音が聞こえたんですよ」

 ビニール製の梱包材同士がぶつかれば、乾いたかさかさした音はするだろう。だが同様の音が多くの貨物でするはずだ。

「音ですか」

「ええ、塩入れを振ったときみたいな、さらさらって音が聞こえたんです」

 英の問いに答えながらも横川は手を止めない。上蓋を開けて中身を取り出し始める。袋状の塊に続けて、長さ五センチ、幅三センチ、厚み二センチほどのビニールで梱包された箱状の物を全部で二十個。最後に底に敷かれた袋状の塊と、すべてを検査台の上に並べる。

 横川は袋を手にすると、耳の横まで上げて振り始めた。梱包材がぶつかり合う乾いた音が槌田の耳にも届く。だがその他は聞こえない。

「これじゃない。でも念のために開けます」

次記事
前記事
日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire's Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。