◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第85回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第85回
第六章──目撃 03
「萌愛やったのも増山だろ?」半年前の被害者の親友に遭遇した志鶴は……。

 勾留理由開示期日のあと、増山の身柄は足立南署から小菅(こすげ)にある東京拘置所へと移された。一般的に留置場から拘置所へ移送されるのは、被疑者が起訴されたあと。それ以降の取調べはないのが普通だ。だが増山はその終局処分の前に移送されたため、以後の取調べは拘置所で受けている。

 増山はまた黙秘に成功していた。勾留理由開示法廷での母・文子のあの、体を張った訴えが増山の心に届き、彼を勇気づけたのだ。増山自身、法廷で警察官の違法な取調べを告発したことで彼らを牽制(けんせい)できたに違いない。警察の管理下にある留置場を脱したことで、精神的にもずっと楽になったと本人も言っていた。

「私は増山さんの無実を信じている。真犯人は別にいる。今も平気な顔でうろつき回ってる。警察はあてにならない。弁護士は探偵じゃないけど、できるならこの手で真犯人を捕まえてやりたいくらい」

 大柄な少女が、簡単には言いくるめられまいとするように、大根のような腕を豊かな胸の前で組んだ。

「ごめんね。どうぞ、お参りして」

 志鶴と森元は彼女たちから離れた。

 三人の少女が、花束に向かって手を合わせた。志鶴は、彼女たちと同学年であろう妹の杏(あん)を思った。志鶴が増山の弁護人となったことで、自宅にまでマスコミ攻勢が及び、杏を案じた母親の久美子(くみこ)が彼女を連れて実家へ「避難」したのが三月中旬。彼女たちはまだ戻ってきていない。杏は、志鶴のせいで学校で男子にからかわれ、登校を嫌がるようになった。以来電話でも話していない。この世でたった一人の妹のことは気がかりだが、今自分が何を言っても彼女に届くとは思えなかった。刑事弁護士としての信念を持って増山の事件に取り組むことこそ、遠回りでも杏に理解してもらえる唯一の道のはず。半分はそう信じ、半分はそう自分に言い聞かせていた。

 少女たちがお参りを終えた。そのまま去るかと思ったが志鶴の方に近づいてきた。

「あんた、だまされてんじゃね? 増山に」大柄な少女が言った。「女の子二人も犯して殺すようなやつだから、噓(うそ)なんて平気でつくっしょ。女だから舐められてんじゃねえの?」

「もしそうなら?」志鶴は彼女の言葉を促した。

「あいつに言ってくれよ。うちらの親友はもうどうやっても帰ってこない。だったらせめて、警察に本当のこと白状して、罰を受けろって」

「あなたたち、いい友達だね。もし増山さんが本当に犯人なら、あなたの言葉を伝えてもいい。でも、増山さんは犯人じゃない」

「だって、やったって自白したじゃん、二人目の子を」

「警察に無理やり認めさせられたの」

「ニュースでやってたかも」一番小柄な少女が言った。「何かあいつ……ヒニン? に変わったとか」

「避妊……今さら何言ってんだ? 避妊したら犯して殺しても許されんのか? 何だそれ」大柄な少女があきれたように大声を出した。

「その避妊じゃねえし。本当はやってなかった、とか言ってるみたい」

 大柄な少女がいぶかしげな顔をした。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。