◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第84回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第84回
第六章──目撃 02
犯人はここで中学生を強姦し、殺した。志鶴が遺棄現場を調べていると……。

 志鶴自身には、そのような状況下での性交の経験はない。想像してみたが、自分の意思では絶対にしたくないと思った。だが、女性を強姦するほど性欲をたぎらせた男性にとっては寒さなど問題でないのかもしれない。

 いずれにせよ、現場に来ないと気づかないことがあった。

「今日はこのあと接見と打ち合わせだから無理だけど、また日が沈んだあとも来ないとですねえ」

「私もつき合うよ」

「でも、定時外になっちゃうかも」事務方にあまり無理はさせられない。

「この辺って、街灯も少ないし、この時間でも人気(ひとけ)ないし、夜は物騒じゃない? 志鶴ちゃん一人じゃ来させられないって。田口(たぐち)先生はあてにならないし」

 森元が露骨に顔をしかめたので、志鶴は笑った。

 そのとき、道の向こうで立ち止まっている人影に気づいた。中学生のように見える私服姿の女子が三人。三人とも、色は異なるがスエットの上下を着ている。一人が、花束を手にしていた。三人とも、こちらをじっと見て動かない。

 森元が、志鶴の様子に気づいて背後を振り返った。少女たちの緊張が高まるのがわかった。花束を手に、三人の真ん中に立っている少女が、顔を歪(ゆが)め、左右の二人に何か言った。三人が歩き出し、こちらに近づいてきた。

 森元は、彼女らのために、分岐路の入り口から離れた。予想どおり、少女たちはそこで立ち止まった。真ん中の少女がかがんで、花束を地面に置いた。立ち上がると志鶴と森元をにらみつけ、

「何見てんだよ!」と、猛犬が唸(うな)るように言った。

 三人の少女の中で一番大きく、体重も身長も間違いなく志鶴を上回っていそうな子だ。声はまだ幼かったが、啖呵(たんか)はなかなか堂に入っている。

「もしかして、綿貫絵里香さんのお友達?」志鶴は訊(たず)ねた。

「ちげーよ!」大柄な少女が遮った。「てか話しかけてくんじゃねーよ。お前らマスコミにうちらが話すことなんか何もねえんだよ。消えろババア!」

 大柄な少女の顔には吹き出物がたくさんあり、口を開くと歯並びの悪さが目についた。

「私たち、マスコミじゃないよ」森元が言った。

 大柄な少女が、「はぁ」と眉をひそめた。

「私は弁護士」志鶴が言った。「事件を調べているのは、依頼人のため。お参りの邪魔するつもりはないから安心して」

「あ、あれじゃん?」大柄な少女の右側に立っていた、一番小柄な子が、志鶴を指さして口を開いた。「増山の弁護士じゃね? テレビで観(み)た」

 大柄な少女が、志鶴の上から下まで舐(な)めるように視線を走らせた。「マジかよ」

「あなたたち──浅見萌愛(あさみもあ)さんのお友達だよね?」

 浅見萌愛。綿貫絵里香の遺体が発見されたこの現場で、その約半年前、やはり遺体で発見された、当時中学二年生の少女の名前だ。綿貫絵里香は私立中学に通っていたが、浅見萌愛の中学は公立だったはずだ。

「友達で悪(わり)ぃか? こっちはムカついてんだよ、ダチ殺されて。萌愛やったのも増山だろ?」

(つづく)
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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。