◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第8回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第8回
第一章──自白 03
「こんなひどい犯人、殺されてもいいと思う」妹の杏の言葉に志鶴は……。

 犯罪心理学者は、フリップボードを新しいものと入れ替えた。

『まず、FBIが性的殺人犯の分類に用いる、「秩序型」、「無秩序型」というモデルを適用すると、この犯人は秩序型と言えるかと思います。これを前提とします。社会的には成熟しており、異性に対して魅力的に振る舞うことができる、二十代から五十代の男性。都内あるいは隣接する県に住み、車を持っている。仕事があるとすれば、自営業、おそらく、職人のような、集団ではなく一人でやる仕事です。衝動性だけでなく、計画的、論理的にも行動できる性質を持つ人物。知能は比較的高く、自分を賢い人間だと考えている。一件目の殺人はある程度偶発的だったかもしれないが、二件目ではより計画的に行動している。一件目の捜査が難航していることで全能感──自分はすごい、という感覚が生じ、二件目ではより大胆になっている。また、一件目の犯行で人を殺すことの快楽に目覚めた可能性も高い──』

「職人とか名指ししちゃって大丈夫か」そこで父親が口を開いた。

「そこまで詳しくわかるのね、今は」母親が、感心したように言う。

「だけどこれ、精度が上がったのはいいけど、当てはまる人はいい気持ちしないんじゃないか。近所からも変な目で見られたりしてさ」

「悪いことしてなければ、堂々としてればいいんじゃない」と母親。「普通の人は気にしないでしょう」

「犯人が捕まるなら、いいんじゃない」杏が口を開いた。

 テレビの画面を見る彼女の目は、少し怒っているように見える。他人事(ひとごと)とは思えないのかもしれない。

「それはそうだ」父親があっさり同意する。

「こんなひどい犯人、殺されてもいいと思う」

 杏が口にしたその言葉に強く反応する自分を志鶴は意識した。

 両親はその空気を敏感に感じ取ったようだ。

「まあ」と、父親が口を開いた。「亡くなった子たちと同学年の娘を持つ父親としては、その意見に賛成したくなっちゃうかもな。自然な感情としては。刑事弁護士の娘を持つ父親としては問題なんだろうけど」

「でも」と母親。「これって、もし犯人捕まったら、絶対死刑だよねえ。二人殺してるし」

「よく誤解されるけど、明確な基準があるわけじゃないよ。二人殺したら死刑とか」訊(き)かれたわけではなかったが、志鶴は言った。「まあ、もし同一犯だとしたら、検察は死刑を求刑するだろうけど」

「この事件の弁護は大変だろうな」父親がつぶやいた。

「そうだね」

 もし同一犯だったとして、この犯人を自分ならどう弁護するだろう。志鶴も考えたことはある。もちろん、被疑者が逮捕されるまでは判断できないが、難易度が極めて高いことだけは確かだろう。

『漂白剤には、DNAを破壊する作用があります。犯人がそれを知っていて、証拠となるような自らの遺留物を隠滅するために撒いた可能性が高いですね』

 元刑事の肩書きを持つワイドショーのコメンテーターが、たしかそんなことを語っていた。志鶴も、銀行強盗を主人公とするアメリカ映画で、銀行を襲ったあと、強盗団が犯行に使った車を遺棄する際、内部に漂白剤を撒いている場面を観た記憶がある。

 検察側は、計画的で悪質な犯行であると主張するだろうし、それに対して、心神喪失による無罪や心神耗弱による減刑を訴えるのは困難だろう。

 一件目では殺人でなく傷害致死を抗弁できるかもしれない。あとは基本的に情状弁護となるのだろうか。しかしそれも厳しそうだ。

 そして──こちらの訴えが退けられれば、ほぼ確実に死刑になる。

 志鶴は、星野沙羅に判決が言い渡された瞬間の、足下が抜けて地面に呑(の)み込まれるような底知れぬ落下感を思い出し、めまいを覚えた。

 そのとき、父親の言葉を受けて、杏が、驚いたように目を見開くと志鶴に言葉を投げてきた。

「弁護士って、こんな人の弁護もするの?」

 本当に素朴に疑問に思っているという顔だ。

「そうだよ」

「うそ……」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。