◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第79回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第79回
第五章──狼煙 04
弁護人席に座る志鶴ら三人の弁護団と文子。法廷に現れた裁判官は──。

 接見を終えた志鶴は、都築らと落ち合うまでの時間、地裁の中にある喫茶店でコーヒーを飲んだが、味がしなかった。時間になると一階のロビーへ上がった。ほどなく、都築と文子がやって来た。金属探知機と手荷物検査を受け、一般人用のゲートから入ってきた文子は、相変わらずコートを着たままだった。

 三人そろってエレベーターに乗り、勾留理由開示期日が開かれる法廷のある階で降りた。すでに法廷の傍聴席の入り口前には傍聴券を手にした人たちの行列ができていた。当事者の家族などの関係者席や司法記者の記者席を除けば、傍聴券があっても席は決まっていない。

 志鶴たちに気づくと、ほとんどの者が目を向けてきた。志鶴と都築は彼らの視線から文子を遮る位置に立ち、彼らを通り過ぎ、法廷の前方に当たる当事者用のドアから中へ入った。法廷内には二人しか人がいなかった。男性の廷吏と、弁護人席に座る田口だ。

 都築は文子に田口を紹介した。田口は体温を感じさせない表情で文子に会釈した。弁護人席には椅子が四脚用意してあった。志鶴と都築で文子を挟んで座った。正面の検察官席は空席。勾留理由開示に検察官が立ち会う義務はないが、弁護人の立場から納得のいくものではなかった。

 しばらくすると、廷吏が傍聴席のドアを開けた。傍聴人が次々入ってきて、席に着く。やがて、記者席を含むすべての席が埋まった。続き部屋となった事務室から書記官が入ってきて書記官席に着いた。

 法壇に近い裁判官控室のドアが開き、法衣を着た女性の裁判官が一人、入ってきた。増山の勾留を認め、志鶴が直接抗議したのとは異なる人物だ。傍聴人が起立し、裁判官に向かって一礼する。裁判官も一礼して裁判官席に座った。

 傍聴席の後ろにはカメラマンが二人、立っていた。彼らには、裁判官が着席してから二分間だけ撮影が許される。

 志鶴はすかさず立ち上がった。

「勾留を決定した裁判官による開示を求めます!」

「──その必要はありません」裁判官が無表情に答えた。

「日本国憲法第34条──〝何人(なんぴと)も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。〟身体拘束は重大な人権侵害です。勾留を認めた裁判官がいるべきではありませんか?」

「その必要はありません」裁判官が繰り返した。

「刑事訴訟法第21条──〝裁判官が職務の執行から除斥されるべきとき、又は不公平な裁判をする虞(おそれ)があるときは、検察官又は被告人は、これを忌避することができる。弁護人は、被告人のため忌避の申立をすることができる。〟裁判官は不公平な裁判をするおそれがあるので、忌避を申し立てます」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。