◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第33回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第33回
第二章──窒息 09
「私から質問させてもらっていいですか?」公判を想定して志鶴は慎重に訊く。


     5


「ありがとうございます。参考になります。私から、いくつか、確認のための質問をさせてもらっていいですか?」

 起訴前の弁護であっても、弁護方針は、起訴された場合も想定し、公判を見据えて検討しなくてはならない。それはつまり、検察側が主張するであろう彼らの立証計画に対抗するこちらの主張を考えるということだ。

 刑事裁判では立証責任は検察側にある。弁護側としては、検察側の主張に論理的な疑いを差し挟む余地があることを示せばよい。だが、闇雲に主張の粗探しをしても効果的ではない。現実には、被告人がなぜ無罪なのか、一貫性を持って論理的に説明することができなければ、検察側の主張に疑問を差し挟むことができたとはみなされない。勝つために、ケース・セオリー(道筋)が不可欠なのだ。

 これを構築するためには、できるだけ早い段階で、捜査機関が持つ証拠同士の結びつき──証拠構造を把握することが望ましい。被疑者がすでにした供述は重要な証拠である。志鶴はより全容に近い取調べの内容を知るため増山に質問をした。

 その結果、推測できる現時点での捜査機関の証拠構造は、綿貫絵里香の死体遺棄を認める増山の自白という直接証拠を、生前の彼女が出場した試合を増山が観ていたという情況証拠で補強する、というものだ。

 重要な証拠採取が行われていたこともわかった。DNAだ。

 留置場に入れられる時点で採取される指紋と異なり、本来、DNAの採取には令状が必要だ。もしなければ被疑者には断る権利がある。普通の人がそれを知らないのを利用して、警察が令状なしに任意で採取することはよくある。増山は、事情聴取の初日に、取調官に言われるまま応じてしまったという。初回接見でも助言するには遅かったとはいえ、悔いは残る。

 さらに、違法な取調べが行われていないかも確認する。昨日の接見で、増山は、取調官に耳元で大声を出されたり、机を叩かれたりしたと言っていた。昨日、足立南署の署長に弁護士選任届を渡す際、口頭では抗議してあった。

 が、もし今日も同様のことが行われているなら、警察庁が2008年に自ら定めた「警察捜査における取調べ適正化指針」に則って、苦情申出書も送付するつもりだ。

「──俺、そこまで言ってたっけ、昨日?」確認すると、増山はそう答えた。「うーん……今になってみると、そこまでじゃなかったかも。プレッシャーはすげえかけられたけど」

次記事
前記事
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。