◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第30回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第30回
第二章──窒息 06
「私は、増山さんの味方です」弁護士として志鶴は、彼とある約束をかわす。

「昨夜、お母様の文子さんともお会いして、増山さんの弁護人として認めていただきました。──お母様から増山さんに、差し入れも預かってきています」

 昨夜、文子から言付かった、現金二万円が入った封筒をバッグから取り出した。

 留置場では最初に、洗面具一式を、警察が保管する所持金──領置金──から購入させられる。他にも、最小限の日用品や便せん等の文具、通常の食事とは別の、自弁と呼ばれる弁当や飲料等も、被留置人は自分の領置金から購入することができる。

 昨日の接見で、志鶴は、逮捕時の増山の所持金が数千円だったことを聞いていた。増山にとって一番役立つ差し入れは、と訊かれ、まずは現金ではないかと答えた。すると文子はすぐ財布からありったけとも思える紙幣を取り出して封筒に入れ、志鶴に預けたのだ。衣類については、ベルトやボタン、紐がついているものは制限されている。差し戻しされぬよう注意点を伝え、ひとまず現金だけを持って志鶴は家を辞したのだった。

「あとで担当さんに領置金として差し入れしておきますね」

 増山は返答しなかったが、細められた目が潤んだように見えた。

「弁護士である私がここにいるのは、増山さんを手助けするためです。差し入れもしますが、それよりもっと大事な手助けもします。味方である証拠として、増山さんの秘密を守ることを約束します。私は、ここで増山さんから聞いた話を、増山さんの許しなしに他の誰かに話したりしません。その相手が、警察官でも検察官でも裁判官でも、たとえ増山さんのお母様であったとしても。弁護士にはそうする義務があるからです。だから私には──私にだけは本当のことを話してもらって大丈夫です。私から増山さんに質問することもあります。が、それは、増山さんを手助けする目的のためです。ですから、刑事さんや検事さんが訊くのとはまったく意味が違う、正反対です。わかりますか?」

 増山は、うなずいた。

「ありがとうございます」笑顔を作った。ゆっくり呼吸する。今日は、増山を置き去りにして、一人で先走ってはいない。大丈夫だ。

「増山さん。今日の接見では、三つのことをテーマにします。一つ目は、増山さんから、これまでの取調べについて、お話を聞かせてもらう。二つ目は、私から、今後の見通しについてお話させてもらう。三つ目は、増山さんを手助けするために、これからどうしたらいいかを相談する。よろしいですか?」

 増山がまた、うなずく。志鶴も笑顔でうなずき返した。相手と同じ動作を返すミラーリング。ラポール形成のための基本的な技術の一つだが、自然にそうしていた。

(つづく)
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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。