◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第27回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第27回
第二章──窒息 03
増山の案件で、田口と打ち合わせに入る志鶴。互いの弁護方針がぶつかり合う。


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「虚偽自白?」森元逸美(もりもといつみ)が言った。

 大きな作業デスクに椅子を配した共有スペースでの、朝一番の打ち合わせ。メインとなるのは増山の案件だ。

「ええ」志鶴は答える。「否認事件になります」

「そっかあ──また、ガチンコが始まるわけだ。それも、とびっきり手ごわそうなやつが」

 森元は、自分に活を入れるかのように、手の先でデスクをぽんと打った。

「そうと決まれば、やるっきゃないね。刑事手続は待ったなし! まずは、PとJの面会のアポ取り?」

「順送先での接見の手配もお願いします」

 Pは検事、Jは裁判官を示す隠語だ。それぞれ英語のProsecutor、Judgeの頭文字を取っている。同じ並びで弁護士はイギリスの法廷弁護士を指すBarristerのB。だが、法曹三者でない警察は英語だと検事のPとかぶるのもあるからだろう、ローマ字由来のKだ。

「新件は明日だと思いますが、今日の接見の在監確認も頼みます」

「オッケー」

 検事による取調べの初回を新件と呼ぶ。東京では、被疑者の身柄が検察官送致されるのは、逮捕の翌々日というのが一般的な運用となっている。だが、今日行われる可能性もあるので、増山の所在は確認しておきたい。

 さらに、マスコミからの取材は一切シャットアウトするようにとも頼む。

「それと──田口(たぐち)さんに協力をお願いします」

「え……?」森元が、信じられないという顔をした。

「……所長命令で」

「うん、そうか。でも、大丈夫なのかなあ、田口先生──」

 そこで、志鶴の背後を見た森元が、はっとしたように口をつぐんだ。

 振り向くと、田口司(つかさ)が立っていた。氷点下の視線に見下ろされる。共同受任を拒まれるのではないかと思った。志鶴としてはその方がありがたい。たしかに増山の案件は、一人ではとても無理だ。他の弁護士に協力を仰ぐつもりではいたが、田口の顔は浮かびもしなかった。

「今、時間あるか?」

 志鶴は森元を見た。彼女は「こっちはもう大丈夫」と言った。田口に目を戻す。

「はい」

「打ち合わせだ」会議室の方へ、顎をしゃくった。

「あの、それって──」

「所長命令」不機嫌さも露(あら)わに言った。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。