◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第26回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第26回
第二章──窒息 02
増山の弁護を引き受けた事実を、志鶴は家族に話しておこうと考えていた。

『たしかに、われわれも社会の一員として、今回のような事件を防ぐにはどうしたらいいか、ということも考える必要がありそうですね。天宮さん、ありがとうございます』

 キャスターが頭を下げ、カメラに向き直る。

『綿貫絵里香さんのご遺族のことを思うと、本当にやりきれない気持ちになります。容疑者はなぜこのような犯行に至ったのか。動機の究明も待ちたいと思います。では、次のニュース──』

 志鶴は、カップスープをすする。

 天宮ロラン翔子(しょうこ)。司法試験に合格後、アメリカへ留学してフェミニズムを学んで社会学の博士号を取得し、国連職員を経て日本国内で開業した、極めて異色の経歴を持つ弁護士だ。私生活では国際的に活躍するフランス人の建築家と結婚して二児の母となった。日本語、英語、フランス語の他に中国語と韓国語も堪能。才色兼備という言葉が服を着て歩いているような女性で、女性誌では「セレブ」扱いで読者モデルもしている。それがテレビ出演のきっかけとなり、今ではコメンテーターとしてもひっぱりだこだ。複数の政党から熱心な出馬のオファーを受けているという噂(うわさ)もある。

 志鶴がそこまで知っているのは、ちょうど仕事で関わっているからだ。

 離婚事件。夫から暴力を振るわれたとして家庭裁判所に離婚と慰謝料請求を訴え出た妻の代理人が天宮で、志鶴は、訴えられた夫の依頼を受け、夫側代理人となった。夫は、暴力の事実はないと語っており、志鶴も彼の言い分を信じていた。

 夫婦間におけるDVの冤罪(えんざい)事件は最近増えている。訴えられるのはほぼ百パーセント夫側だ。日本では、DVは男性が女性に対して行うもの、という先入観がいまだに根強い。訴状を読む限り、天宮は、フェミニストであるにもかかわらず、あるいはむしろだからこそと言うべきなのか、その先入観を積極的に利用して志鶴の依頼人を糾弾していた。

 天宮の個人事務所のウェブサイトには、"私は、何より、被害者に寄り添いたい、という思いを大切に弁護士業を行っています。そのポリシーに則(のっと)り、刑事事件の被疑者・被告の弁護はお引き受けいたしません"という言葉がある。

 天宮は、たぶんそれと知らず、民事のみならず刑事でも志鶴の依頼人を攻撃していた。間接的、とはいえ、痛烈に。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。