◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第19回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第19回
第一章──自白 14
「淳彦はどうしていましたか?」依頼人の母親はすがるような目で志鶴に問う。

 永江は志鶴の真意を測ろうとするようにしばらく無言でいたが、「ははっ」と愉快そうに笑った。

「川村さん、面白いね。若いっていいなあ。自分が駆け出しだった頃を思い出すよ。でもね、経験が少ないとどうしても視野が狭くなる。まさか自分がこんなこと言う年になるとは思わなかったけど、ちょっとは先輩の意見も参考にした方がいいね」

 永江は、今までになく真剣な顔つきと口調で言った。怒っているのかもしれない。であるならこちらの本気が伝わったということだ。

「お母さん、そんなわけだからひとまず帰るけど、何かあったらいつでも連絡ください。やっぱり、いざってときすぐ駆けつけられる弁護士の方がいいと思いますよ。ああいう連中」と玄関の方を顔の動きで示し、「の相手もしなきゃいけないし。そういうのは経験が必要だから。じゃ」

 永江は、自分のバッグを持って立ち上がった。文子が席を立ち、彼を追おうとした。

「玄関の鍵は私が」

 志鶴が制すると、彼女は足を止めた。

 志鶴は廊下へ出た。靴を履いた永江は、志鶴を振り返らずに、ドアを開けた。とたんに表がざわつき、フラッシュの閃光(せんこう)が瞬いた。ストッキングのまま三和土(たたき)へ降りた志鶴は、永江が外に出るとすぐにドアを閉め、施錠した。

「どうしたんですか?」

「さっきの彼女は?」

「どうなったのか事情を訊かせてください」

 ドア越しに、取材陣の高ぶった声が聞こえた。

「まあまあ、落ち着いて。説明しますから」永江が応える声も。

 何を話すのか気になったが、思いを振り切って居間に戻る。

「淳彦はどうしていましたか?」ソファに座り直すと、依頼人の母親がすがるような目で志鶴を見る。

 志鶴は頭の中を手早く整理する。

「──最初は少しパニックになっているようでした。当然の反応だと思います。でも、最後には、だいぶ落ち着かれていました」

 文子の顔がゆがんだ。

「なんで親の私は会わせてもらえないんですか? 他人の弁護士さんは会えるのに」

「それは」と説明しかけて気づく。「連絡されたんですか、足立南署に?」

「行ったんです」意外な答えだった。「今朝、あの子が連れて行かれたあと、何時間かして警察の人から電話があって……淳彦が……逮捕されるって。マスコミが来るかもしれないから、少しの間でも、どこかへ行った方がいいって……」

 声が震えている。

「信じられますか……? 私、何かの間違いだと思って、警察署へ行ったんです。そしたら、朝、淳彦を連れて行った刑事さんが降りてきて……ほんとだって……」

 声を途切れさす。

「どういうことですか……? 私、何度も何度も確かめたんですが、淳彦が逮捕されたのは噓じゃないって……だから会わせてくださいってお願いしたら、駄目だって……法律で禁じられてるからって……そうなんですか?」

 彼女が志鶴を見た。

「そうですね……しばらくの間、お母様は淳彦さんに接見できないと思います。犯罪の証拠を隠したりするおそれがある、というような理由で」

「犯罪、って……? 淳彦が死体を捨てたっていうんですか?」

 おかしいからでなく、むしろ憤りに起因するであろう笑いの表情。

「警察はそう思っています。それに──淳彦さんが自供されたのも事実です」

 文子の下顎ががっくりと落ちた。

「……あの子が……いえ、まさか、そんな」と首を横に振る。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。