◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第17回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第17回
第一章──自白 12
足立南署から綾瀬にある増山淳彦の自宅へ。志鶴はインターホンを押すが……。

「増山淳彦さんのご家族ですか?」

「淳彦さんとはどういうご関係で?」

「今回の事件についてお話を聞かせてください!」

 取材陣から口々に声が飛んだ。

「あー、はいはい。皆さーん、ちょっと静かにしてくださいねー」男性が両手を挙げ、大声を出した。大きな声だが、とげとげしくはない。「私は被疑者の家族じゃありません。代理人で弁護士の永江(ながえ)です」

 志鶴は驚いた。言われてみれば、ジャケットの襟には弁護士バッジがついている。取材陣も虚を突かれたようで、すぐには質問が飛ばなかった。

「えー、増山さんのお母さん──文子(ふみこ)さんと言いますが──今回の事件で、大変精神的に消耗してます」代理人だという男性が続ける。「皆さんがこうして家の前で待ち構えていると、ものすごいストレスがかかります。ご近所にも迷惑になるので、帰ってください」

「それじゃ仕事になんないんだよ!」

「息子さんがこれだけの事件を起こしてるんですよ。なのにコメントしないって、そんな無責任が通ると思ってるんですか?」

「われわれは国民の知る権利を代表してここにいるの。増山さんにはそれに応える義務があるの。わかってます?」

 取材陣からさまざまな声を浴びせられても、永江と名乗る男性に動じる様子はなく、出てきたときと同じ表情のまま、何度もうなずいた。

「皆さんの立場もわかります。ですから、それについては、改めて、ちゃんとそういう場を設けてお答えします」

「そういう場って何ですか? 記者会見?」

「はい」一人の質問を永江はあっさり肯定した。

 取材陣がどっと沸き立ち、質問が重なり、フラッシュが瞬いて騒然とする。永江という男が弁護士なのは確かなようだが、志鶴は自分が耳にしたことをまだ理解できずにいる。

「はーい、皆さん!」永江が手を叩く。「逃げも隠れもしない証拠に、私の名刺あげます。あとで記者会見の連絡するから、それ受け取ったらひとまず帰ってくださいねー」

 永江は門扉を開けて外に出てきた。取材陣がさらに殺到し、志鶴は中心から押しのけられ、押しのけられた方向から来た人たちに押されて圧迫された。首を向けると、永江が、もみくちゃにされながら、チラシでもまくかのように取材陣に名刺を配っている様子が見えた。

 しばらくすると、ラッシュは収まったが、八割方の人間はその場にとどまっていた。

「皆さーん、帰っていただく約束ですよー」永江が声をかけた。

「記者会見はいつどこで開くんですか?」取材陣の一人が訊ねた。

「それはまだ未定です。あ、まだ未定、って、冗語か」永江が、薄笑いのような表情を深めると、口がさらに横に広がって顔がくしゃっと縮んだように見えた。「えーとですね、未定ですが、なるべく早くやる予定です」

「容疑者の母親も同席するんですよね?」別の誰かが言った。

「それはちょっとわかりませんが」と永江が目をしばたたく。「増山さんと相談してみます。あと、容疑者じゃなく、被疑者ですね被疑者」

「いや、それじゃこっちは帰れないぞ」そう言ったのは、志鶴に声をかけたスーツの男性だ。「あんた、その場しのぎを言って俺たちを追い払おうとしてるだけじゃないか」

「そうそう。ガキの使いじゃないんだからさ」別の誰かが言った。「押し問答してもきりがないって。増山さんを出しなさいよ」

「まあとりあえず、記者会見で」

 永江は取り合わず、中へ戻ろうと門扉に手をかけた。志鶴は彼に近づき、「待ってください」と呼びかけた。永江が振り向く。

「弁護士の川村です」志鶴は自分の弁護士バッジを示し、所属する弁護士会を名乗った。「先ほど、増山淳彦さんに接見をしてきました。お母様とお話をさせてください」

 また取材陣の注目が集まるのを感じた。

「あ、そう」永江が細い目をさらに細くして志鶴を見ると腕組みをして上を向いた。「うーん……ま、いいか。じゃ、入ってください」

(つづく)
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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。