◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第17回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第17回
第一章──自白 12
足立南署から綾瀬にある増山淳彦の自宅へ。志鶴はインターホンを押すが……。

「ここで降ろしてください」

 運転手の言葉には答えず志鶴はそう告げ、料金を支払ってタクシーを降りた。

 思ったとおり、私道の中にはさらに多くの人がいた。いくつもの三脚が立てられ、カメラマンとおぼしき人間が待機している。テレビのリポーターとおぼしきマイクを手にした男女にカメラを向けている者もいる。その他にも、ディレクターや記者らしき人たちが大勢いて私道はごった返していた。光は、撮影用の照明機材によるものだった。

 志鶴は人をかき分けるようにして奥へと進んだ。

 突き当たりに、二階建ての小ぶりな木造家屋があった。灰がかったベージュ色の壁に、くすんだ茶色の屋根。築三十年以上に見える。

「増山さーん! いるんでしょ! 出てきなさいよ」

「息子さんのしたことに責任持つのは、親として当然でしょう! いつまでも隠れていられると思ったら間違いだよ」

「そうそう。そうやって逃げてると、ご近所にも迷惑でしょう!」

 前方から複数の人間の声が聞こえてきた。

 いくつかの照明で照らされた突き当たりの家の手前にはブロック塀があり、左手に背の低い茶色いステンレスの門扉があった。そのすぐ奥に茶色い玄関ドア。塀の門扉の横のところにインターホンが設置されている。いずれも年月を感じさせた。

 記者やリポーターらしき男女が、インターホンも使わず、塀ごしに家に向かって声を投げかけていた。

 志鶴は「すみません」と断って彼らの間を抜けてインターホンの前に出、玄関ドアの横に「増山」と書かれた表札があるのを確認する。彼らの視線が集まった。

「おい。あんた何?」

 スーツ姿の男性が志鶴を呼び止めた。五十歳前後だろうか。両手をポケットに突っ込み、目を怒らせている。この場を取り仕切っているかのような態度だ。全国紙の記者かもしれない。

 志鶴は無視してインターホンのボタンを押した。

「出ねえよ」背中から男性の声がした。

 呼び出し音は聞こえたが、応答はなかった。周囲の人たちの言動からすると、増山淳彦の母親は家の中にいるのだろう。現行犯ではなく、今回のように任意での事情聴取から逮捕という流れになった際、とくに重大な事件では、警察から、逮捕を公表する前に家族に事前に通知があったという話を聞いたことがある。今回、そのような計らいはなかったのだろうか。

 玄関の右側の壁や二階には窓があり、いずれも雨戸が閉ざされていたが、志鶴はインターホンを使わず、じかに呼びかけようと口を開いた。

 そのとき、玄関のドアが開いた。おおっ、という声があがり、周囲のざわめきが増した。中から現れたのは、意外なことに女性ではなく男性だった。背後から人がわっと押し寄せ、志鶴の背中が押され、門扉との間に挟まれる恰好(かっこう)となった。

 カメラのシャッターと連動してフラッシュがそこら中で焚(た)かれる。後ろ手にドアを閉めた男性が、右手を顔の前に挙げる。しばらくすると、フラッシュの猛攻が弱まり、男性が手を下ろした。

 年齢は五十代後半くらいか。背は高くない。緑色のジャケットにベージュのチノパンツ。ボタンダウンシャツにニットタイ。猫背で、額の上の方で平らに切りそろえた髪の毛が頭にぴったり張り付いている。丸顔で色白、眉毛が薄く、目は細く、薄笑いを浮かべているような顔つきだが、それがふだんの表情なのかもしれない。

 増山淳彦は母親と二人暮らしと言っていた。何者だろう。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。